ここは六本木にある歴史あるホテルの会場。豪華なシャンデリアが煌めき、テーブルには色とりどりのオードブル。
軍服に勲章を煌めかした米軍人,自衛隊の高級幹部,着飾った夫人など、会場には日米合わせて150人ほどの招待客が会場に。
日米の協力団体の公式レセプションとしての開催であり、1年前から会場の選定やVIPへの招待状発出など準備して、絶対失敗の許されない場。これが、私が通訳デビューした状況です。
皆さまは,通訳って仕事に興味ありますでしょうか。もしなかったとしても、初めて通訳することになったとして、こんな絶対に失敗出来ない場面を想像できるでしょうか。
この時の私もマイクの前で極度の緊張感と戦っておりました。
<通訳の仕事>
通訳として初デビュー。当然公式のレセプションは初めて。米側の主賓は少し早口で、表現法に特徴がある百戦錬磨の軍人の方でした。(通訳は事前にスピーチをする人に挨拶しておく)
日常で通訳の仕事を見る機会はあまりないですよね。見たとしてもきっと、テレビで何かしらの会見や、公式の会談なんかだと思います。実は国レベルの外交では,公式には要人はそれぞれの母国語で話します。
母国語を通訳というプロを通して、行き違いをなくす。これが通訳の仕事です。この時私は、日本側のゲストの言葉を英語に、米国側のゲストの言葉を日本語に通訳するダブルキャストに。
<通訳しやすいスピーカー!>
レセプションは和やかに始まり、それぞれの要人がスピーチを開始する頃に。両国とも通訳は私。初めは日本人のゲスト,つまり自衛隊側の主賓のスピーチでした。
初めての通訳で慣れていない私は、緊張感で高揚し,頭をフル回転させながら通訳を。
通訳をする際、英語が分かる要人の通訳と英語が全くわからない要人の通訳だと、当然英語がわかる要人の通訳が楽なのですが、その理由は難しい専門用語をカタカナ英語にして話してくれるからなのです。
英語のわかる要人は,海外留学とか外国との調整で頻繁に英語を使う職務に就いて英語を磨いています。言葉だけでなく,高度な内容を英語でコミュニケーションできます。
そのため、英語のわかる人は,英語脳で考える人が多く,論理的で,英語にしやすい日本語を選んでくれます。ですから通訳がしやすい。
自衛隊の主賓の挨拶も,英語の達人らしく,理路整然,難しい専門用語はカタカナで話してくれます。通訳も円滑に進み,スピーチが終わりました。
次は,日本側主催者の挨拶になります。事前の接触では,英語は話せないとのこと。日本語独特の表現が入ってくると、なんと訳したらいいか一瞬戸惑ってしまうことがあります。この時もそうでした…。
<遣らずの雨って、、、英語で何?!>
しばらく経った頃、英語が話せない主催者のスピーチが始まりました。
「本日は,天候不順で足元の悪い中,遠路お越しいただき,衷心より御礼申し上げます。日本では,遣らずの雨と申します。私の心にも雨が降っております」
いきなり「遣らずの雨」なんて言葉が耳に入ってきました。私は,咄嗟に英語が思いつかず、マイクを口元から離し,小声で「ヤラズノ雨」って何ですか?とたずねました。
不意の沈黙と通訳の怪しい動きに,会場はざわつき,緊張感が走ります。周りの視線が矢のように通訳に集中する。汗,汗,汗!
その時です。ゲストが,マイクを取り一声。「通訳が遣らずの雨を知らないようなので,ちょっと説明させていただきます」
通訳として、そのまま英語にすると、場内は大爆笑!笑いがおさまったところで、
「米軍A氏の送別会なので,別れを惜しんで天も雨をふらして,行くなと言っています。」
「私も同じように別れが悲しく,心に雨が降っているのです。」
「悪天候の中,出席していただき,心から感謝申し上げます」と通訳しました。
まさに「遣らずの雨」の意味が伝わり、会場からは大きな拍手!
英語を話せないゲスト、英語は話せませんでしたが、実はスピーチの達人でした。
「遣らずの雨」もその日の天候をみて,さわりとして冒頭に持ってきたのだと思います。
さらに通訳が「遣らずの雨を」を知らないことを前提に,その時のつなぎと対処案を練っていたのかもしれません。「通訳が遣らずの雨を知らないので説明」も計算済み。
私の実力を判断し,通訳しやすいように、一文一文を区切って話してくれたことも流石です!
<見えなきゃ,撃たれないわよ!>
さて,宴もたけなわとなり,最後に米軍側のゲストがスピーチします。通訳は,英語から日本語になります。先ほど紹介しました百戦錬磨の強者で言葉を端折る癖のある米国側のゲスト。
無駄な言葉を挟むと、命令が正しく伝わらないことに繋がるので、当然この百戦錬磨の軍人の方も、無駄な言葉を省く!が徹底されていたのですが、、、これがとんでもない結果に、、、
実戦の経験のある米軍人は,
「戦場は,静かである。」
そう切り出しました。「その静寂さの中で,訓練された技術を使い,敵を制圧していく。」迫力のある語りに,会場は引き込まれていきます。
そして,日米防衛協力の一環で,陸上自衛隊の演習を見学した時の話に発展していきます。
「偽装が素晴らしい!」
実戦の経験のある米軍人の階級は,最先任上級曹長。千人以上の下士官の面倒をみているリーダーです。コンバットで有名な「軍曹」より3階級も上の下士官のトップ。
そんなバリバリの軍人から、演習で見た自衛隊員の偽装(カモフラージュ:camouflage ヘルメットや身体に,演習場に生えている草や木をつけ,景色に自分を溶け込ませる技術)が素晴らしいと何度も繰り返され、会場にいる自衛隊員は,百戦錬磨の戦士にほめられたことで,盛り上がっています。
そして,最先任上級曹長は,叫んだ!
「のし,のしゅっ!」,,,
え!なんて言ったんだ!と頭がフル回転する私。
会場の英語が分かる隊員も意味が分からず通訳を注視する!脂汗でぎらつく顔で,場内を見合わしながらマイクに向かう。沈黙。その時,米軍側から声が聞こえた。
「見えなきゃ,撃たれないわよ!」
「その通りです」と私。場内は大爆笑と大きな拍手に包まれた。
発言したのは,米軍人の日本人妻。当意即妙の通訳サポートでした。
実際の英語は,“No see, No shoot!”
大盛況の中、レセプションは無事に終わり、私の初めての通訳も、無事仕事を終えました。最先任上級曹長は,自分の「落ちが」大うけしたと大満足でありました。
<通訳の力量は恥の数で上がる!>
通訳は,準備が多く,現場での人間関係から,ゲストスピーカーの理解,事前の打ち合わせ,広い範囲で教養を学び,専門知識を深化させるなど,地道な努力が必要です。
でも,通訳は面白いです。いろいろな経験ができます。失敗もたくさんありますが,そこから学ぶことができます。ただ,通訳直後に襲ってくる孤独感,言いようのない後悔は通訳の宿命です。
非常に落ち込む。自分の思うとおりにならなかったから,自分を責めているだけ。コントロールできない感情。ネガティヴな感情。泣きたくなるような切なさ。そして,通訳への興味の喪失。
それを繰り返すから,depressionですね。恥をかいたと思う。恥だと思うこと。それは,自分なりの固定概念があるからでしょうか。自分にとっては恥であっても,誰も気にしていない。
下手な通訳ではあっても,ゲストはそれなりに満足している。通訳はチームの一員。自分の思い通りにいかなくても,会場に満足感があればいい。恥だと思うことをやめたらいいですね。
通訳は恥の数。それを英語は恥の数としてみたら,私の経験的英語学習法になると思います。
ただ,「恥は一時」,その後,しっかりと調べ,理解し,使えるようになれば,それは「実力です」。何もしなければ,恥は永遠。笑
<恥がリミッターを外す?!>
日本人の英語の話せない心理的な要因は,「恥をかくのじゃないか」という心配です。私は日本人だから英語がうまく話せない!というリミッターをはずしていくことが大切ですね。
リミッターをはずし,やりたいことを発言し,実現するまで努力する。また,その目標は低くせず,できる限り高く設定してみる。
目標を高く設定した場合は,小刻みに区切って計画を立てていく。1冊本を読もうと思ったら,1章ごとに読み終える日を決めておくのも良いでしょう。
目標を高くするのは、もう一つメリットがあります。
資格試験を受けるときにも,合格を目標にするのではなく,満点を取ることを目標にする。資格は,仕事をするうえで必要なことをすべて覚えておかなければならないはずです。
例えば,運転免許もすべての交通ルールを知らなければ,事故につながることもあります。免許試験の合格は90点で良くても,実際の運転は交通ルールをすべて順守しなければなりません。
目標を中途半端に低く設定してしまうと、結局使えない”中途半端な知識”になってしまう。だからこそ、目標を出来るだけ高く設定してみて、小刻みに実行していく。
自分自身のリミッターが外れてることに気づくのは,楽しいですよね。
執筆家・英語教育・生涯教育実践者
大学から防衛庁・自衛隊に入隊。10年間のサバイバル訓練から人間の生について考え、平和的な生き方を模索し離職を決断する。時を同じくして米国国費留学候補者に選考され、留学を決意。米国陸軍大学機関留学後、平和を構築するのは、戦いを挑むことではなく、平和を希求することから始まると考えなおす。多くの人との交流から、「学習することによって人は成長し、新たなことにチャレンジする機会を与えられること」を実感する。
「人生に失敗はなく、すべてのことには意味があり導かれていく」を信念として、執筆活動を継続している。防衛省関連紙の英会話連載は、1994年1月から掲載を開始し、タモリのトリビアの泉に取り上げられ話題となる。月刊誌には英会話及び米軍情報を掲載し、今年で35年になる。学びによる成長を信念として、生涯学習を実践し、在隊中に放送大学大学院入学し、「防衛省・自衛隊の援護支援態勢についてー米・英・独・仏・韓国陸軍との比較―」で修士号を取得、優秀論文として認められ、それが縁で定年退官後、大規模大学本部キャリアセンターに再就職する。
修士論文で提案した教育の多様化と個人の尊重との考えから、選抜された学生に対してのキャリア教育、アカデミック・アドバイジングを通じて、キャリアセンターに新機軸の支援態勢を作り上げ、国家公務員総合職・地方上級職、公立学校教員合格率を引き上げ高く評価される。特に学生の個性を尊重した親身のアドバイスには、学部からの要求が高く、就職セミナーの講師、英語指導力を活かした公務員志望者TOEIC セミナーなどの講師を務めるなど、大学職員の域にとどまらぬ行動力と企画力で学生支援と教員と職員の協働に新たな方向性をしめした。
生涯教育の実践者として、2020年3月まで東京大学大学院教育研究科大学経営・政策コース博士課程後期に通学し、最年長学生として就学した。博士論文「米軍大学における高等教育制度について」(仮題)を鋭意執筆中である。
ワインをこよなく愛し、コレクターでもある。無農薬・有機栽培・天日干し玄米を中心に、アワ、ヒエ、キビ、黒米、ハト麦、そばを配合した玄米食を中心にした健康管理により、痛風及び高脂質血症を克服し、さらに米軍式のフィットネストレーニング(米陸軍のフィットネストレーナの有資格者)で筋力と体形を維持している。趣味はクラッシック音楽及びバレエ鑑賞。
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