Hello everyone
Noriです!
テキストでお伝えしている、海外に住んで分かる「日本人がすごい理由」。
今回は「日本には奴隷がいない」というお話をしたいと思います。
奴隷というのは今は全世界的にいないんですけれども、問題は「奴隷という感覚」です。日本は昔からそういう奴隷というような感覚がないんですよ。
労働観の違い――神への罰か、美徳か
なぜかというと、前にもちょっとお話したと思いますが、日本には「労働は神からの罰」という感覚がないんですね。
世界の主たる宗教である、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教というのは、労働は神から受けた罰なので、なるべくしたくない。だから誰か他にやってくれる人がいれば、その人にやらせる。そうなると一番下の階級、奴隷というものが存在するわけです。
白人しかいない時にはもちろん白人奴隷がいたわけで、アフリカから黒人を連れてこられるようになったら、黒人がそれをやるようになった。自分たちは働かずに人にやらせる、というわけです。
白人しかいなかった時は、農民がまさに奴隷だったんです。上の人のために食べ物を作って、それを全部搾取される。ウクライナなんかは昔、搾取されすぎて何百万人が餓死したという。自分たちで小麦を作っているのにロシアからそれを全部持って行かれて、食べ物がなくて死ぬということが起きたんですよ。
江戸時代の農民は本当に苦しかったのか
それを置いておきまして、日本にはその奴隷という発想がない。なぜかというと、働くことが「神様に近づくこと」であり、神様も働く。稲を植えたり田植えをしたり、はた織りするわけですよ。
ですから「士農工商」の農民も奴隷じゃないんです。実は農民はとっても幸せに暮らしていたんですね、江戸時代は。
江戸時代というと、今の我々の知識だと、すごく農民が苦しめられて、武士が威張っていたように見えるんですが、それは明治維新に作られた、まあデマなんですね。
明治政府というのは江戸幕府から遠く離れた薩摩・長州が作ったわけで、つまり外様なんです。だからすごくいじめられたんですよ、なんだかんだ言って。江戸幕府に非常に恨みがあったんですが、そこで政権を取ったものだから、江戸幕府のことをよく言うわけがないんですね。
「とんでもない時代だった」というプロパガンダが当時作られて、それが未だに残っているわけです。
実は江戸時代、農民はとっても幸せに暮らしていました。ですから、開国した時にいろんな外国人が来ましたが、「貧しいんだけど、庶民みんなが幸せそうだ」と驚いていましたね。田舎に行ってもみんなニコニコして活発に暮らしていて、働くことを喜んでやっている、と。そうですよ、日本人にとって働くことは美徳なわけですから。
海外赴任でわかる「家事を人に任せる」感覚
そんなんで、日本にはその奴隷を持つという感覚が未だにないんですよ。
それはどこでわかるかというと、海外に行って、特に発展途上国に行くと、お手伝いさんというか、家政婦さんを雇えるんですね。住み込みで雇うこともできる。それが日本人は苦手なんですよ。
家に専用の家事や料理をやってくれる人を雇って、奥さんは何もしなくていい、という。海外に赴任するような人は、向こうの人からするとエリートなので、奥様がお皿を洗ったり、子供の洗濯物をしたりするのは普通しないだろう、という話なんですよ。
しかし日本の奥さんは自分でしますよね。料理を作ったり洗濯したり、子供を迎えに行ったり。そういうことは、普通、金持ちやエリートは、人にやらせるっていうのが、世界の感覚なんです。日本人はそれが苦手で、家事などを人にやってもらう、というのが向こうでは当たり前ですからね。
ですからこの感覚ね、労働をすることが実は美徳であり、奴隷を持つ感覚がない、という民族。それも、こんな発展した世界に冠たる経済大国で奴隷を持つ感覚がないと。
中国でさえありますからね、中国こそあるか。奴隷というか、下の人間をこき使うというか。極端に言うと、エリート階級というのは、大卒以上の人は、その辺の田舎から出てくる人のことを、人として見ていないですね。
中国で感じた階級意識
私も中国に行ってわかりました。中国人の仲のいい親友もいますが、すごくいい人なんですよ、その人も。エリートの家系の子供で、大学も出ていて、親は共産党の幹部で公安の結構上の方の人なんです。
日本にいる時は全然そんな感じがなかったんですが、中国に行ったら、もう一般人を見下げてる感じがすごく伝わってきましたね。
たとえば――
普通の人が行くようなラーメン屋に行列ができていて、匂いも良さそうだったので「あそこに行きたい」と言ったら、「絶対行っちゃダメ、あんなのは人が食うもんじゃない」みたいなことを言うんですよ。
また、一緒にマッサージに行ったんですが、マッサージする人と会話もしないですね。してもらったらチップをパッと払ったら目も合わせない。なんかバカにしているというか、本当に下に見ているなというのがよくわかりましたね。
私はつい喋っちゃうんですよ、マッサージしてくれる人と世間話とか。下手な中国語を喋ると嬉しそうに話してくれて、「中国語上手ですね」みたいなことを言われたりして、和やかな雰囲気になる。
でも私の中国人の友達は一切話さないし、目も合わせない。「はい終わった、チップ渡して早く消えて」みたいな対応なんですよね。
私が一生懸命しゃべってたりすると「何いつまでも喋ってんだよ、こんな奴らと」というビームを送ってきて、早く行こ、早く行こって感じ。
労働へのリスペクトは日本だけ
日本人ってそういう感覚ないでしょ。マッサージに行って、その人たちをものすごく下に見るなんてこと、絶対ないですよね。
「こんな大変なのに、私のために60分・90分一生懸命揉んでくれて、ありがとうね」と、逆に尊敬するような気持ちになりますよね。
それがないんですよ、海外では。
労働に対するリスペクトがほとんどない。日本だけなんですね。
ですからこの「日本には奴隷を持つという感覚がない」というのは、素晴らしい我々の美徳じゃないかと思います。
それではまた次回。
See you next time!
昭和37年8月5日、福岡市博多区生まれ。26歳で渡米。飛行学校に入るが英語ができないためアメリカ人の教官から「帰れ」と言われながらも、ノルウェー人の教官に救われ、3ヶ月で英語ペラペラになる。あまりに英語が話せるようになったので、1年後にはアメリカ人を教える飛行教官になる。その後、全日空の同時通訳を務め、武蔵野学院大学准教授、名古屋大学理学部外部講師や、海上自衛隊将官トップマネジメントセミナー講師等も務める。自身が主催した「本城式英会話スクール」の受講生は1万人を超える。生い立ちから、現在に至るまでの詳細、また著書、講演履歴等はこちらから

