Hello everyone
Noriです!
テキストでお伝えしている、海外に住んで分かる「日本人がすごい理由」。
これはですね、私も盲点だったんですが、当たり前だと思っていることですね。
日本は車を作る、部品まで作る、それを海外に輸出する。
これで日本の高度経済成長が盛り上がったわけですね。
トヨタをはじめとして、ホンダ——ホンダは途中から車に参加しましたけど——スズキ、ダイハツ、日産、マツダ。
これって、当たり前のように皆さん思ってますけど、そうではないんですね。
キルギス人の友達から気づかされたこと
先日、近くのケバブレストランに行ったら、そこの店員のキルギス人と友達になりまして。もう日本大好きだって言ってるんですよ。
そして、「日本の凄さってわかる?」って言うから、まあいろいろあるでしょうけど、「何なの?」って聞いたら、お店の前が通りで車がじゃんじゃん走ってたんですけど、それを見て、
「日本はこんな車を、自国で作れるんだよ!」
って言うんですよ。
それってね、当たり前だと思ってるけどすごいことなんです!って言うんですよ。
車を自国で作れる国はごくわずか
よく考えたらそうだなぁと思って。オーストラリアでさえ、自国で車作れないですからね。ニュージーランドは当たり前ですし、ヨーロッパもどこの国も——ノルウェーも作ってないしね、ほとんど隣のスウェーデンから輸入してますしね。
現地に行ってみたら日産とかの電気自動車が多かったですけど、あとテスラもちょっと走ってましたけどね。今まではもう日本の独壇場だったんですよ。まあガソリン自動車は、ハイブリッドも含めて、世界で日本には勝てないですね。
車作れる国っていうと、本当にアメリカ、イギリス、その他ヨーロッパ、ドイツ、インドとか韓国も作ってますけども、本当にね、世界に通用する車をですね、こんな島国で作ってるっていう。
ヨーロッパ・ドイツが作れるのはわかりますよね、いろんなヨーロッパの国とつながっているから、いろんな情報入ってくるじゃないですか。でも島国でね、もう本当に江戸時代まではカゴとかで移動してた人たちがですね、いきなり産業革命を起こして車作りだして。
戦後なんかも車すごいのいっぱい作りましたね、今でも作ってますけど。
よく考えたらほんとそうですわ。南米と車作ってるとこないですもんね。ブラジルでさえ作ってないし、もう叶わないんですよ。車が一番、ある意味難しいんで。利益率もいいんですけど、まあ台数売らなきゃいけないんでね。
日本車が世界一の理由——品質と耐久性
日本が何がすごいかって、彼が言うのは「部品も作るんだよ」って。海外ではね部品もないんですよ。ニュージーランドでもないです、全部部品も輸入してましたよ。ちょっと車関係の仕事をニュージーランドでしてたんで分かるんですが、ほんと全部輸入。
オーストラリアもそう。自国の車、一応ホールデンがあったんですけど、全部ライセンス生産なんで、まるっきり海外の車。日本のいすゞのビッグホーンとかも、自分のブランドのタグをつけて売ってましたけど、そんなもんです、自分では何も作れないです。
ですから、車を作れるっていうのは、先進国中の先進国で、その上こんな島国が、世界一の車をじゃんじゃん作って、ラリーとかでも優勝したりね、ル・マンでも優勝したりするわけですよ、F1でも優勝するし。
「もうこんなとこないよ、すごい」って言ってました、キルギス人が。
これは私も気づかなかった。海外の人に言われてみれば、そうだと思うんだけど、やっぱり日本ってすごいなと。日本のこの凄さっていうのは、みんなが力を合わせて一つの商品を作るわけですよ。
車なんて何千もの部品があるんですけど、それを下請けからね。下請けもすっごい精度求められるし、それに応えるし、設計からまたそれを組み立てるのからね。みんなが力を合わせる。これは和の力ですね。これは日本人すごいんで。
ですから、すごいのができてしまう。一度作ったらなかなか壊れないというのも、またすごいんですよ。イタリアやフランスもね作れるのは作れるけど、まあすぐ壊れるわけですよ、ほんとに。
だから修理代がすごいかかるみたいなことあるじゃないですか。日本車はほんと壊れないですからね。
私のオーストラリアのお隣さんも、15年ぐらいトヨタのカムリ乗ってて、30万キロとか走ってて、一度も壊れたことないって言ってましたね。これすごいって、もう一生乗るぐらいの勢いで言ってました。買い替えない、って言ってましたね、調子いいから。
30万キロで1回も壊れないっていうのはね、15年も乗って、そんなの、イタリア車とかフランス車ではありえないですよ。
というわけで日本何がすごいか、「車を自国で作れる」という、私も盲点でした。
それではまた次回。
See you next time.
Bye bye.
昭和37年8月5日、福岡市博多区生まれ。26歳で渡米。飛行学校に入るが英語ができないためアメリカ人の教官から「帰れ」と言われながらも、ノルウェー人の教官に救われ、3ヶ月で英語ペラペラになる。あまりに英語が話せるようになったので、1年後にはアメリカ人を教える飛行教官になる。その後、全日空の同時通訳を務め、武蔵野学院大学准教授、名古屋大学理学部外部講師や、海上自衛隊将官トップマネジメントセミナー講師等も務める。自身が主催した「本城式英会話スクール」の受講生は1万人を超える。生い立ちから、現在に至るまでの詳細、また著書、講演履歴等はこちらから

