Hello everyone
Noriです!
テキストでお伝えしている、海外に住んで分かる「日本人がすごい理由」。
今回は、「日本人の森を再生する力がすごい!」というお話。
この表紙の写真、中国の万里の長城の頂上なんですけれども、この周りがなんか緑で覆われてませんか?
昔、私が小学校の頃、もう40年以上前ですがその時に社会で万里の長城っていう写真が出てくると、もう砂漠みたいで周りがつるっぱげというか、全くぺんぺん草も生えてない。要は赤土そのままって感じでした。
それが今、緑で覆われて、わさわさしてるんですよ。
森はどうやって再生されたのか
この、もともとあった森を再生したのは日本人なんです。日本の森を再生する技術が世界に広まりまして、元は横浜国立大学の森脇教授なんですけど、それをイオンがバックアップしてやったということで。
森脇教授はそういう研究をされていて、日本でもいろんなところで森がなくなったところを再生するということをされている人なんですね。もちろん世界でも引っ張りだこでしたし、もう亡くなられたんですけど、勲章もたくさんもらってますね。
日本からも、世界からはブループラネット賞というのをもらってるんですけども、まあその技術がすごいんですよ。
どういう技術かというと、もともとその地域にあった植生を利用して、同じ木だけをどんどん植えるのではなく、ちゃんとバランスを考えて植える。本当の森ってぐちゃぐちゃしてるんですよ。綺麗じゃないんです。いろんな木が混ざり合って。
杉の木だけを植えちゃって今大失敗してるんですけども、木を全部ぶった切って杉の木だけになったからこの花粉症とかになっちゃったんですけど、もともとは、いろんな木が入ってるんですよ。本物の森はね。
身近にある「本物の森」
本物の森は美しいんです。私が住んでいたところの目の前にも、元神社があって、そこに線路が通ってしまったので神社を動かして、違う神社に合祀してしまって。要するにその鎮守の森が線路で2つに切られちゃったんですね。
しかしその森は運よく開拓されずに、森だけ公園として残ってるんですよ。大きくない小山みたいなんですけど、それが分断されたので公園が2つになってるんですね。1つの神社の大きな鎮守の森だったのが、2つの市民の森になっているという状態で、神様みたいな情けない状態なんですが、でも残ってるんですよ、運よく。
そこは本当にいろんな木がありますね。有名なヤクスギみたいな感じも。スギがメインなんですが、いろんな木が周りにあるじゃないですか、あれの小型版。
ハワイ島にある国立公園みたいな感じです。私はここだけ「ハワイ島」と勝手に呼んでるんですけども。ヤクシマに行っていたら間違いなく「ここだけヤクシマ」って名前をつけてたと思うような森なんですが。
明治神宮とドイツに渡った日本の技術
話を戻すと、いろんな木があるのが自然の形なんです。そこにもともとあった植物を研究して、本来だったらこういうバランスになるだろう、というので植える、というのをやっているすごい人が日本人です。
もともとその技術って日本にあったらしいんですけど、ちょっとしばらく眠ってたらしくて。正確に言うと、その技術は明治以降に日本にあったんですが、要するに明治神宮をね、あそこは人工に作った自然の森なんですよ。
そこにもともとあった植生を参考に本物の森っぽく植林して、本物の森になって、今では鳥も虫もいっぱいいますよね。
そういう本当に自然に戻す技術が日本にあって、ドイツがそれを学んで、ドイツではその技術がみゃくみゃくと生きていた。ドイツもつるっぱげだったんですが、森がいっぱい再生して。
日本で一旦途絶えたその技術を、なんと森脇先生はドイツに学びに行って、日本人なのに、日本の元の技術を学んで帰ってきて日本で広めて、世界に今広めているんです。
もともとはそれも神社にあった技術で、「神社は古代のタイムカプセルだ」とその先生がおっしゃってましたね。そういうわけで先祖返りしたんです、その技術がね。
日本人の技術で世界が緑になった
それを今世界に広げて世界が緑になった。その典型的なのが万里の長城の頂上ということなんです。これ知ってる人少ないと思いますよ。中国人も知らないんじゃないですかね。あんなに緑が素晴らしくなったのは実は日本人のおかげなんだ、っていうのを、知らないと思います。
まあ別に日本人はそんな「俺が俺が」というタイプじゃないんで、知られなくていいんでしょうけど、ちょっと知っといてほしいですね。
森脇先生は92歳で亡くなられたみたいですね。得を積むというか、別にそんな有名にならなくても、コツコツいいことをして天に召されるということですね。
私も自分なりに木を植えたり、そういうプロジェクトに参加したり、寄付したりもしております。やっぱちょっと木を切りすぎですよね、人間ってね。
そういうわけで、日本人のここはすごい。万里の長城に今の森を作ったのは日本人だということでした。
それではまた次回お会いしましょう。
See you next time!
昭和37年8月5日、福岡市博多区生まれ。26歳で渡米。飛行学校に入るが英語ができないためアメリカ人の教官から「帰れ」と言われながらも、ノルウェー人の教官に救われ、3ヶ月で英語ペラペラになる。あまりに英語が話せるようになったので、1年後にはアメリカ人を教える飛行教官になる。その後、全日空の同時通訳を務め、武蔵野学院大学准教授、名古屋大学理学部外部講師や、海上自衛隊将官トップマネジメントセミナー講師等も務める。自身が主催した「本城式英会話スクール」の受講生は1万人を超える。生い立ちから、現在に至るまでの詳細、また著書、講演履歴等はこちらから

