私の上司はドイツ人。
外国人はみんなCheefと言うので、私もいつもチーフと呼んでます。そう呼ばれる方が彼には馴染みやすいようです。
チーフは日本に長く住んでいますが、日本語を話すのがそんなに得意ではありません。自分でも「僕の日本語はブロークンジャパニーズだ。」と言うぐらい。
会話は英語の方がスムーズで、英語で話すことが多くなります。ここで働き始めて最初の頃は、チーフとの英語の会話に慣れず、「ちょっと来て」と言われると…、
翻訳に使うため携帯を握りしめて、「どうか英語がスムーズに理解できますように!」と祈りながらチーフの部屋へ向かったものです。
そんなドイツ人のチーフはとても話好き。いつも話をしたくてうずうずしていて、彼のランチの最中に少しでも声をかけようものなら、大喜びで話をしてくれます。それがどんなに下手な英語でも構いません。
ただ、話好きなドイツ人が使う英語は難しい単語が多く、入社当初はわからない単語に気を取られ、会話の流れを追えなくなることが頻繁にありました。
全部理解しようとしすぎて“英語がわからない事”にパニックになり、質問にも答えられず黙って立ち尽くし、ドイツ人チーフを不安にさせてしまった事もあります。
日本語を英語に変換しようとして、難しくなりすぎてどんな英語を使っていいかわからず、頭が真っ白。今思えば「わからなかった内容」を聞けばいいだけ。そんな事すら考えが及ばないほど、心が折れてしまっていたのです。
だから、どんな時でも絶対に心は折れない!英語脳!と自分に言い聞かせながら歩き、さらに頻繁に使うだろうと思われる英文と単語を紙に書いて持ちあるいていました。
携帯は私にとって一番心強い武器!いつでも無言にならないように、翻訳機能をすぐ使える画面にセット。黙ってしまう無音空間だけは作らないぞ!と気合を入れ「いざ!出陣」と戦場にいくような気持ちで出向いていました。
ドイツ人チーフとの会話に慣れた今でも、この気合は習慣になっています。チーフに呼ばれると
「英語脳!折れない自分!わからなくても聞けば大丈夫!」
と言いながら、携帯を握りしめると「よし、準備OK!」と気合が入り、チーフの部屋を目指して歩いていきます。
誰が誰の?
そんなドイツ人のチーフの元で仕事をしているのですが、ある日私は自分の会社のパソコンが、自分の知らない時に開かれている形跡を見つけたのです。私の勘違いかもしれない、でも誰かが本当に内容を見ているかもしれない。企業秘密の内容を知られたらとんでもない事になる。
私が通う研究施設は、特殊な研究を進めています。研究内容が外部に漏れないようにと、常にピリピリしているほど。外部への情報漏洩には特に注意深くなっていて、インターネットを使う際のセキュリティがとても厳重です。
各自の認知度合いを上げるために、セキュリティ対応マニュアルテストを毎年1度受けることが必須とされています。その中でも特に私が苦戦するのが「メールの取り扱い方」という項目で、自分では大丈夫だと思っている事がNGという場合は多く、私はいつもその問題を通過するのにとても時間がかかります。
そんな厳しい環境の中で、誰かにメールをチェックされていたかも・・・
というほんの少しの疑惑は恐怖以外のなにものでもなく、もしもこのメールをチェックされたために、施設外に大切な情報が洩れていたら・・・
不安が不安を呼び頭の中は被害妄想でいっぱい。私は「ハッキングされているかも」から「ハッキングされているに違いない」と思い込んでいきました。
そして私は、ドイツ人チーフに自分の不安を相談することにしました。
私はあまりにも興奮していたので、シンプルな単語をつなぎ合わせ身振り手振りで、
「So!The computer is hacked!Maybe.」
(だから!パソコンがハッキングされているんだって!たぶんだけど)
と伝えました。
その時、ドイツ人チーフが冷静にこう言ったのです。
「Who and Whose?」
(誰が、誰の?)
この一言で一気に私の興奮は収まり、アドバイスを聞く前に気持ちは落ち着き、不安から解放されたのでした。
「誰がどうした?」が無いとぼやけてしまう
この仕事をしていて、これはとてもよく指摘される事です。
普段から私はいちいち「私が先日公園に行ったとき~」とは言わず、「この前公園にいったらさぁ~」という風に話始めます。
主語だけではなく、「私の〇〇」や「私についての話」など、英語でいうと最後にくる説明、〇〇 of me, About me,という風に付け足すこともほとんどありません。
私にとっての「私」が話しているのだから「私の事」についての話や、この「付け足し」的な感覚はドイツ人チーフには通じません。
ドイツ人チーフは、私がうっかり日本語を脳内変換で英語にして話すと、困った顔をします。日本の生活が長いくせに、この感覚だけは馴染めないそうです。
英語で話す時は、誰が何をどうした・・・という説明が欠かせません。
「わかるだろう」は日本的な考え方
話好きのドイツ人チーフは、話題が多く内容も様々。そんな中で「誰が何をどうした?」という説明は欠かせません。
例えばある日のこと。 外国人研究員が海外出張から帰ってきた時の事ですが、その研究担当の先生から「彼のPCR検査をお願いしたいけど、どこの病院で受けられるか確認してもらえる?」という質問をされまし外国人研究員はチーフの部下だったため、私は研究員が出張から帰ってきた後にPCR検査を受ける必要があるので、病院へ付き添おうと思うと話に行きました。
「He seems to want to take a PCR test.」
と言ってしまいました。(この「He」は、研究担当の先生の事です。)
チーフは
「want him to ?」
と聞き返してきました。(この場合の「him」は研究者の事です。)
あっ!またやった!と思いました。
「Sorry, off course That’s right! He want him to ・・・」
と言い直しました。
「誰に」を抜いて話してしまっていたのです。 研究者の話をしているのだから「わかるだろう」と思い、ついついこのような間違いをします。
「わかるだろう」という日本的な解釈は、外国人のもっとも苦手とする部分のようです。
英語を理解するには、外国人の性質を理解する事も必要です。例えば、先ほど話したドイツ人チーフの話でも、「誰」が「誰」に「何」をさせたいのか。このように人物を特定する言葉を追加すると、相手の理解度は大きく変わります。
こんなふうに、外国人が話す言葉の捉え方と日本人の捉え方の違いを知る。自分の英語が通じない、伝わらないとただ嘆くだけではなく、性質を一つ一つ理解して、歩み寄っていくことで英語のコミュニケーションを取るスキルは格段に上がると思います。
京都が大好きで光華女子学園へ進学、卒業後、大阪の企業で経理課勤務。仕事が肌に合わず、夢だったイラストレーターを目指して大阪芸術専門学校へ。賃貸住宅ニュース雑誌社へ派遣社員として就職。その後地元へ帰り、地元のフリーペーパーやパチンコ店などのポスター制作するグラフィックデザイナー、ベジタリアン・ヴィーガンのお料理の先生、バンドのドラマー(ジャズ・ロック・軽めのフュージョンなどジャンルを問わず、地元ではセミプロとして活躍する。プロドラマー海野俊介氏に師事)、お琴奏者(趣味で名取まで取得)、演劇が好きで劇団にも少しだけ所属・・・など様々な経験を経て、英検3級しかありませんが、縁あって現在は、某施設で外国人担当のお仕事をしています。