Hello everyone
Noriです!
テキストでお伝えしている、海外に住んで分かる「日本人がすごい理由」。
今日は、「日本人は ギブ&ギブ!」というお話をしたいと思います。ギバーとも言いますけどね。
これはですね、日本にいると当たり前なので気づかないかもしれないですけど、日本人ってあげるのが好きなんですよ、もらうのよりも。そう思いません?
ですから、もらうと気が引けるんで、あげる方が断然好きなんですね。あげて全然帰ってこないと困るんでしょうけど、2回のうち1回ぐらい帰ってくればいいぐらい。下手したら帰ってこなくてもいい、というような感じで暮らしてますね。
普通、全世界は ギブ&テイク。国によっては、テイク & テイク、貧しい国なんかそうでしょうね。世の中貧しい国の方が多いんで、先進国は ギブ & テイク なんですが、日本はほんと ギブ & ギブ なんですね。
財布も携帯も帰ってくる国
だからね、財布とか落っこちててもね、取らないんですよ。犯罪率が低いっていうよりも、テイクが嫌いなんですね、日本人って。
財布拾ったとか携帯拾った、それをじゃあ自分のものにして、また携帯売り飛ばしたり、なんてありえないですよね。
シンガポールで1回なくしたんですけど携帯ね、やっぱ帰ってこなかったですね。
日本だと絶対帰ってくるんです。今まで財布も携帯も全部帰ってきました。落としっぱなしは一度もないですね。よく落としたりトイレに忘れたりするんですけど、誰も持っていかないどころか、その場所にずっとあったりしてですね、日本人持っていかないです、本当に。
自動販売機のお釣り事件
1回ね、ニュージーランドから帰ってきたときの話なんですが、成田空港で電車のチケットを買った時に、チケット販売機でお釣りを取り忘れちゃったんですね。小銭だけ取って、そのまま行っちゃったんです。
販売機って、お釣りの札と小銭が別々に出てくるじゃないですか。「ちょうどぐらいのお金を入れた」と思い込んでいて、小銭だけ取って、そのまま行ってしまったと。
5,000円入れたつもりが、1万円入れていたんですね。
チケットは4,000円くらいだったと思うんですが、そうすると5,000いくらのお釣りが出ていたわけなんですが、それを知らないまま、その場を離れてしまったと。
そしたら、館内放送で
「ただいま自動販売機で現金をお忘れになったお客様ーー」
というアナウンスが流れたんですよ。
「そんなバカがいるんだなあ」と思いながら、ちょっと待てよ!って考えて、確認してみたら、五千円札じゃなくて、1万円入れてたー!!って。
それで係の人のところに行って、「5,000円札じゃなくて10,000円札を入れて、お釣りが5000いくらくらいのはずで、確かこの販売機でーー」と伝えたら、「あってますねー」って、特に細かく調べることもなく、すぐに5,000円を渡してくれたんです。
まあ、もちろん私以外に「忘れました」なんて人はいないし、でも国によっては、こういう場合、何人も「自分です」って来ちゃうんじゃないかな、と思いますけどね(笑)。
戦後の米軍チョコレートとプライド
いずれにしても、日本人ってギバーなんですよ、あげるの好きなんです。
だから日本が戦後、貧しかった頃に、米軍がチョコレートとかガムとかをばら撒いたらしいんですけど、そしたら、もらってきたら親がめちゃくちゃ怒ってですね、貧しいのにね、米軍基地にお返しに来る行列ができたっていう話が全国であるんですよ。
いろんなところで、フィリピンでもばら撒いたし、インドネシアでも米軍が行ったところ全部ばら撒いているのに、親がそれをお返しに来るような、そんな国はなかったと。
言ったアメリカ人が「この国はすぐ復活するだろう」と思ったらしいですね。プライドが違うっていうか、プライドっていうよりね、ギブ&ギブ、ギバーなんです日本人。あげるの好き。
あげるのが当たり前の文化
ですから、家を建てたら、ちょっと昔はお餅まいたり5円玉まいたりしてね、あげるの好きなんですよね。
引っ越してきたら、この前も隣の方が引っ越してきたら、結構高級な洋菓子を持ってきてくれてですね。そういうのもないですからね、海外じゃね。
だからこのやっぱり、あげるの好き、ギブ&ギブの日本人って、皆さん当たり前だと思ってますけどね、全然海外じゃそんなことないですからね。
まあ、キリスト教の方はね、そういう精神があるんで、結構ボランティアとか一生懸命やったりするのはあります。それはまあ宗教絡みなんでね、キリストがそういうふうにしたんで自分もやろうということなんですけど、日本は宗教絡みじゃないのに、それができてしまう、っていうのはすごいなと私は思いますね。
だから本当にこう、素のままでギバーなんですね。
そういうわけで、日本人素晴らしいです。
それではまたの次回。
See you next time!
昭和37年8月5日、福岡市博多区生まれ。26歳で渡米。飛行学校に入るが英語ができないためアメリカ人の教官から「帰れ」と言われながらも、ノルウェー人の教官に救われ、3ヶ月で英語ペラペラになる。あまりに英語が話せるようになったので、1年後にはアメリカ人を教える飛行教官になる。その後、全日空の同時通訳を務め、武蔵野学院大学准教授、名古屋大学理学部外部講師や、海上自衛隊将官トップマネジメントセミナー講師等も務める。自身が主催した「本城式英会話スクール」の受講生は1万人を超える。生い立ちから、現在に至るまでの詳細、また著書、講演履歴等はこちらから

