こんにちは
NYのKayoです。
先日、テレビでNY1のローカル・ニュースを観ていて、なぜか新鮮な驚きが。
夜中にマンホールからひょっこり出てきた黒服の男たちが警察に逮捕されたというニュースが流れたんです。まるで映画のひとこまのよう。
その時、ニューヨークは国連総会の真っ只中で、世界中の各国の首脳がマンハッタン内のあちこちのホテルや会議場を行き来しており、街中の警備がとっても厳重な時期。
警察の調べに彼らは「排水溝に落ちているジュエリーやスクラップ金属を探していただけ(宝探し)」と話しているそうですが、ちょうどこの時期、どこか不思議な事件です。
でも、この映像を観ながら、私はふとこのニューヨークの都市伝説と、昔見た一本の映画のことを思い出していました。
都会の地下深くに広がっていたホームレスの穴蔵コミュニティー
かつてニューヨークには、「マンホールの下にホームレスの人々が独自の街を作って暮らしている」という話がありました。
都市伝説のように聞こえますが、実は1980〜90年代に実在した歴史なのです。
このドキュメンタリー映画の舞台となったのは、アッパー・ウエスト・サイドの地下に広がる、通称「フリーダム・トンネル」。
地上での犯罪や冬の厳しい寒さから身を守るため、人々が身を寄せ合い、足の踏み場もないほどゴミが散乱し無数のネズミや害虫の巣窟と化した暗澹(あんたん)たる廃トンネルの中で、もう一つのコミュニティを作り上げていたのです。
実はこのトンネルだけでなく、ロワー・マンハッタンやブルックリンの地下スペースにも、人々が静かに身を潜めていたそうな。
地下に灯る電球と、平常に近い暮らし
彼らの生活は単なる野宿ではありませんでした。
なんと15年から20年以上も同じところに住んでいる人もいたそうです。
ベニヤ板で壁と屋根のあるバラックを建て、ベッドや家具を置き、上手に電気を借りて(盗んで)あかりを灯していたのです。
空き瓶集めで生計を立てていたトミーという白人青年をはじめ、住人の多くはドラッグや様々な課題を抱えていましたが、その明かりの下で料理を作り、音楽を聴き、犬などのペットを飼い、お互いに助け合いながら暮らしていました。
そこには地上では得られなかった身の安全と、人々の温かな絆が存在していたようです。
「みんなで地上へ出よう!」映画未経験の青年が起こした驚きの結末
この世界を捉えた、2000年制作の「Dark Days」(サンダンス映画祭で3冠を達成したドキュメンタリー映画)の誕生秘話こそ、まさに「これぞニューヨーク!」と言いたくなるような最高のドラマかと。
インタビュー記事によると、イギリスから17歳の時にやってきた20代のマーク・シンガー監督は、もともと映画を撮るためではなく、マイアミでモデル等の経験を積んだ後、ニューヨークへ。
たまたま、ただ路上で彼らと仲良くなって、好奇心で一緒に地下で暮らし始めました。
ある夜、焚き火を囲んでネズミの失敗談の話などで盛り上がっていた住人の、「俺たちの映画があったら面白いのに」という一言に、監督は「じゃあ自分たちで映画を作ろう!そのお金で全員で地上へ出よう!」と提案したのですって。
映画の知識もゼロ、自分のアパートにあった家具やベッドまで売ってフィルム代を作り、住人たち自身がマイクや照明を担いで撮影を始めました。
この映画のシューティングは、地上へ脱出するための「共同プロジェクト」として、まさに映画のひとこまのように、実際に始まったのです。
寄り添う手と、最高のハッピーエンド
映画の終盤、予期せず、最悪の事態となります。
鉄道会社からトンネル内の強制立ち退きを命じられるのです。
しかし、この危機に人権団体や弁護士たちが立ち上がり、住人たちの権利を守るために寄り添いました。この感動の出来事は事実なのです。
撮影が進む中で粘り強い交渉が行われ、支援団体などの協力によって公的な住宅支援を受けられることになり、住人たちは地上のアパートへ移ることができたのです。
住人たちは自らの手でバラックを叩き壊し、光あふれる地上へと出ていきました。
この信じられないような現実は、映画としても心からほっとする最高のハッピーエンドでした。
マンホールの下に思いを馳せる
今ではトンネルも綺麗になり、このお話はすっかり懐かしい過去の歴史となりました。
今の地下に潜る人たちは宝探し(?)などが目的のようですが、大都会の足元には、かつて暗闇のなかで身を寄せ合って生き抜こうとしていた人々の複雑な歴史が眠っています。
もちろん、彼らの地下生活は不法占有であり、衛生やゴミの問題、依存症など多くの過酷な現実を抱えたものでした。
それでも、片や、黒塗りの専属運転手付き高級車に乗り込み、夜な夜な高級ホテルを飛び回って華やかなミーティングや晩餐会に興じる世界の首脳陣たちが訪れているニューヨーク。
まさに「天と地」のような格差と緊張感が交錯する秋のマンハッタンで、ふと足元のマンホールを見つめながら、かつて地下に灯っていたささやかな明かりに静かに思いを馳せた夕暮れでした。
それではまた次回♫
Kayo
平木かよ / Kayo Hiraki
ニューヨーク在住 2017年より、世界屈指の米国グラミー賞の投票権を持つ。同じく米国スタインウェイ・ピアノ公認アーティスト。現在、グリニッジ・ビレッジのジャズの老舗「Arturo’s」のハウス・ピアニストとして、週に5日、自己のトリオで演奏活動を続けて26年目。ニューヨーカーに、スイングの楽しさを届けている。ベースの巨匠、ロン・カーターとのトリオで、ブルーノート・NYへも出演。JALの国際線機内誌でも、海外で活躍する日本人として大きく取り上げられた。また、舞台「ヴィラ・グランデ青山」では山田優がジャズシンガーに扮するシーンでの、ミスティーのピアノ伴奏。カナダ・トロント・リールハート国際映画祭でブロンズメダルを受賞した映画「Birth Day」への挿入曲提供と共に、ピアニスト役で出演。フランス・パリ日本文化会館での館長招聘コンサートや、台湾にて、最大規模を誇る、台中ジャズフェスティバルへの出場など、世界を股にかけるスイング感あふれる彼女のピアノとボーカルには、定評がある。定期的に、くにたち音楽大学ジャズ専修で講義を持つ。


