こんにちは
NYのKayoです。
ニューヨークで暮らしていると、地下鉄でもスーパーでも、見知らぬ人から普通に話しかけられる。
「その靴かわいいわね、どこで買ったの?」「髪型ステキ!サロンはどこ?」「電車、全然来ないわね。あなたは何分待ってる?」
などなど、最初の頃はびっくりしました。
日本では、隣に立つ人に、こんなに気軽に声をかけるなんて考えられない。
日本に帰省したときに、つい習慣で「今日は暑いですね」と隣の人に話しかけたら、相手は目を丸くして、一歩スッと下がってしまった。…あ、やっちゃった、と思いました。
アメリカ人のフレンドリーさの理由
なぜアメリカ人はこんなにフレンドリーなのか。
昔聞いた話では、移民の国アメリカでは、周りは見知らぬ「ストレンジャー」だらけ。そんな状況で争いを避けるため、「私は敵じゃないですよ、ナイスですよ」という合図として、笑顔とおしゃべりが習慣化したのだとか、、、
なるほど、確かに道端で「いい天気ね」と笑顔で言われると、警戒心よりも親しみが先に立ちます。
日本の「言わなくても分かる」文化
一方、日本では事情がまったく違う。
村や町で何世代も隣り合って暮らしてきた人々は、すでに互いの素性を知っている。農作業も祭りも一緒。だから「いちいち言葉にしなくても分かっている」という安心感がある。
逆に、わざわざ知らない人に話しかける必要は、なかったんでしょう。
この「言わなくても分かる」が、日本人の習性に深く根を張っているように思えます。
「今日は君に会えて嬉しかった」とか「愛しているよ」とか、アメリカ人が映画では当たり前のように口にするセリフ、これは映画の中だけではなく、実際にそうなのです。
そんなセリフ、日本ではまず耳にしません。でも、その代わり、相手の好きなお菓子をこっそり用意しておいたり、寒い夜に湯たんぽをそっと布団に入れておいたり。言葉はなくとも、気持ちは伝わる。これが日本流のコミュニケーションなのかもしれません。
二つの文化の狭間で
ただ、アメリカ暮らしが長くなると、この沈黙の文化が時々、息苦しく感じられることもあります。
ついエレベーターで「おはようございます、今日はいい天気ですね、」と話しかけて、相手が困った顔をする…その温度差が妙に可笑しい。
結局のところ、どちらがいいかなぁ、育まれてきた歴史や土地の事情が、きっとこれらの習慣を作ったのでしょう。
大げさかもしれないけれど、アメリカでは「話しかけるのが礼儀」、日本では「黙っているのが礼儀」とでもいいましょうか。
私はその間で行ったり来たりしながら、両方の習慣を楽しんでいます。
次に日本に帰ったら、やっぱりまた、うっかり誰かに話しかけてしまうかもしれません。でも今度は心の中で「ごめんなさい、ニューヨーク病が出ました」とつぶやくつもり(笑)
直接対話の大切さ
ただね、私は思うのです。
直接話してコミニケーションを取る方が、ネットで匿名でこっそりといろいろ書き込むよりも、精神的に健康なような気がするのです。
な〜んて言っても、ネット社会はもう時代の流れ。その感覚に遅れをとっている私が、古いのかもしれませんけれど(笑)
それではまた次回♫
Kayo
平木かよ / Kayo Hiraki
ニューヨーク在住 2017年より、世界屈指の米国グラミー賞の投票権を持つ。同じく米国スタインウェイ・ピアノ公認アーティスト。現在、グリニッジ・ビレッジのジャズの老舗「Arturo’s」のハウス・ピアニストとして、週に5日、自己のトリオで演奏活動を続けて26年目。ニューヨーカーに、スイングの楽しさを届けている。ベースの巨匠、ロン・カーターとのトリオで、ブルーノート・NYへも出演。JALの国際線機内誌でも、海外で活躍する日本人として大きく取り上げられた。また、舞台「ヴィラ・グランデ青山」では山田優がジャズシンガーに扮するシーンでの、ミスティーのピアノ伴奏。カナダ・トロント・リールハート国際映画祭でブロンズメダルを受賞した映画「Birth Day」への挿入曲提供と共に、ピアニスト役で出演。フランス・パリ日本文化会館での館長招聘コンサートや、台湾にて、最大規模を誇る、台中ジャズフェスティバルへの出場など、世界を股にかけるスイング感あふれる彼女のピアノとボーカルには、定評がある。定期的に、くにたち音楽大学ジャズ専修で講義を持つ。

