最近何かと話題のSDGs (Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)。
飢餓や貧困から環境や経済成長まで世界の様々な問題を、世界の国々が一緒になって取り組んで、住み続けられる地球にしていきましょうというものです。
その中でも今回は環境のことを。最近では買い物にエコバックを持っていくのは当たり前となってきて、私たちの意識も変わってきました。
そしてこれは先進国に限られた問題でもなかったのです。
私が東ティモールの小さな村に行って気づかされたこと。そこには小さな村だからこそ見えた環境問題がありました。
この水が体に…
その村に入って、村を探検した時から私が気になっていた事。
それは、水汲み場の下にできている大きな水たまりの部分。樋から水が流れてきてできた深さ10㎝位の浅い水たまり。
そこで村人たちは洗濯をするのですが、その底には洗剤の袋からTシャツ、ズボンまでが土に埋まったままの状態でとても汚いのです。
しかも、その水たまりから水はそのまま、水路がひかれて、近くの畑の方へ流れています。
(この汚い水が畑に行って、その水で育った野菜をみんな食べてるんだ…。)と思ったら恐ろしくなりました。
コーディネーターさんの話によると、これまでは身の周りにあるものは全て竹や綿など自然素材から作った物。そのため、捨てる時にも土に埋めれば自然に返ったわけです。
しかし、今ではプラスチック製品や化学繊維の物が外から入ってきたため、便利にはなったものの土には返らないものが増えてきてしまった。
それでも、村の人たちは、以前と同じように「土に埋めれば土に返る」と思っていて、ゴミはすべて土に埋めているというのです。
昔のまま自然の物だけだったら問題にならなかった事が、新しい人工的な物が入ってきたことで、便利にはなったけど…。それと引き換えに新たな問題を生むことになってしまった。彼らの生活は自然に優しい生活だったのに…。なんだか複雑な思い。
日本でもプラスチックなどのごみ問題が深刻になってきていますが、この小さな村でもプラスチック問題が起きていたのです。
おそうじゲーム
その村を離れる日。私はどうしても水たまりに埋まったゴミをそのままにしておくのが心苦しく、持っていた袋にゴミを入れ始めました。
しばらくすると、小さな子供たちが集まってきて(何してるんだろう?)という表情で見ています。そこで、私はジェスチャーで「これ 入れる」とゴミを袋に入れて見せました。
すると子供たちは、(なんか面白そう)と思ったのか、ゴミを土の中から引っ張り出して私の袋に入れ始めました。
私が大きいゴミが袋に入ると「おお!」と喜んでいたためか、みんな(大きい方がいいのか)と思ったようです。洋服やらズボンやらを一生懸命引っ張り出して自慢げに袋にいれていました。
子どもたちにとったら、新しいゲームみたいなもの。遠くにいた子供もどんどん集まりだし、水たまりの一斉お清掃ゲームが始まりました。
そして、あっという間に数袋がいっぱいになり、水たまりはきれいになったのです。
なんで微妙?
きれいになった水たまりを見て、(村の人たちのために、いい事ができた。これで滞在中のお礼ができた。)と満足していた私。
ゴミでいっぱいになった袋を持って、コーディネーターさんの元へ。「水汲み場の所をきれいにしたんです。子供たちも手伝ってくれて。このゴミ、捨ててもらうように伝えてもらえますか?」と彼女に袋を渡しました。
「は…い…。」と、微妙な表情のコーディネーターさん。「ん?なんで微妙?」と思いながらも、村の人たちとの別れの方に心を奪われていた私。村の人たちとハグをし、泣きながら最後のお別れをして、車に乗り込みました。
車に乗る時に見えたのは、家の軒下にポツンと残されていた私のごみ袋。
その時はまだ気づいていなかったのです。自分が起こした浅はかな行動に…。
大きな誤算…
車が村を出て、村人たちとのお別れの悲しみも少し落ちついてきた頃。ふと、軒下に残されていたゴミ袋の事を思い出しました。
(あれ、ちゃんと捨ててくれるかなぁ)と思ったところで、
(あっ!!!!!)。
気づいたのです!あの村に捨てる場所なんてないという事を!
ゴミ捨て場なんてないのです!
だから、コーディネーターさんの表情は微妙だったのです。「捨てるとこないのに、このゴミどうすんねん!」って思っていたはず。
なのに私は(いいことをした)と一人浮かれていて、自分の浅はかな行動が本当に恥ずかしくなりました。あの集められたゴミは、そのまま焼いても有害になるし、埋めたらまた同じこと。きっとあのまま放置されるだけでしょう。
ゴミだらけの水汲み場が良いとも思わないけれど、「私は何をやっていたんだ…」と悲しくなりました。
小さな村が教えてくれたこと
日本では、ゴミの取集日にゴミを出せば、ゴミを持って行ってくれます。
自分の目の前からゴミが無くなれば「きれいになった」と思ってしまう。町の道路やビーチのゴミ拾いボランティアなどに参加すれば、環境に良い事をした気になってしまう。
私の中にも、「ゴミを集めて捨てればそこで掃除は完了。きれいになった。」という気持ちがあったのだと思います。
でも、そのゴミはその後どこに行くだろう。焼却もできないゴミは結局、埋め立て地へ行く。あの村の水たまりと同じように…。
小さな村では全てが目に見えていた。川から水が来る→その水を飲む・洗う・洗濯に使う→畑の水
になる→その水で育った野菜が人の口の中へ。
すべてが見えているからこそ、水の汚染も目に見えてわかって「危険だ」と思えた。
それを今の日本や世界に置き換えてみたらどうだろう。小さな村で起こっていた事はそのまま今、日本や世界で起こっている事と同じだと思う。
ただ、規模が大きすぎて見えていないだけ。知らないだけ。
私たちの見えない所で、知らない所で汚染されている水や空気、そして有害な物質が出ているかもしれない。それが知らないうちにまわりまわって自分たちへと影響を及ぼしているかもしれないのだ。
または、自分が毎日何気なく出しているゴミが、地域や自然、そしてまわりまわって地球に影響を与えているかもしれない。
東ティモールの小さな村は、私が気づかなかった、または忘れてしまっていた、たくさんの大切なことを教えてくれた。
東ティモールの人たちも、私たち日本人も、そして世界中の人たち、動植物まですべての生きとし生ける者たちが心地よく住み続けられる地球でありますように。
そのためにできる事を小さなことからでも始めていきませんか?
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※私が行った東ティモールのスタディツアーを行っている特別非営利活動法人パルシックHP
東ティモールのフェアトレードコーヒーも扱っていますよ
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中学生時代から英語を話せるようになる事に憧れ、外国語短大へ進学。その後イギリスへ留学するも英語が話せず落ちこぼれの生徒に。英会話のトレーニング(カランメソッド)を受け英会話が上達。帰国後、夢だったツアーコンダクターになる。渡航国約35カ国 年間200日以上を海外で過ごす。その後オーストラリアにワーキングホリデーで渡り、オーストラリアにあるハミルトン島のリゾート会社に就職。その後日本に帰国し、京都のホテルやゲストハウスなどでの経験を経て、地元宮崎にUターン。現在は地元宮崎で、英会話教室及び、単位制、通信制の高校で英会話を教えている。
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