今年の春、元の勤務先である静岡聖光学院からTEDtalkのお話をいただきお引き受けした。
地元静岡よりのPonder New Values(新しい価値観の創造)がKey wordだと。そこで当時関心のあった外国語の学習と瞑想のテーマで15分ほど英語でお話した。
『Between Languages』
以下TEDTalkでお話した内容の日本語概要。先に日本語で読んでからyoutubeを観ていただくと、より分かりやすいかと。
今日は2つのことをお話します。直読とその効用。選んだ理由は自分自身の学習法なこと。また今回の効用を早く知っていれば、生徒達に教えられたのにという気持ちからです。
<直読とは>
最初の話題。直読(direct reading)。これは日本語に訳さずに外国語(英語)を読む方法。実際に質問して、感じをつかんでもらいましょう。
Fireという単語を見て、どう反応するか答えてください。
火の映像、明るさ、臭いなどが浮かぶか、或いは「火」という訳語が浮かぶかが重要です。
もし直接火のイメージが浮かんだなら、直読は難しくなく習得できるでしょう。なぜならある単語や表現を見て、すぐにそのイメージや感情・感覚を思い浮かべるのが、直読の本質。
この画像では赤い線が直読。それに対し白い破線は間接的な普通に訳す読解を表します。
<私にとっての直読の効用>
さて今日の2番目の話題は直読の効用。
まずほとんど気づかれていない直読の側面に触れます。
それは、直読で英語を読む時に、日本語の回路が閉じていなければならないこと。
画像で見ると、赤い線を辿る為には、白い破線が不通でなければならない…ということです。
頭の中に英語だけが流れるには、日本語の音は静かでなければなりません。
なので、私のお話しする直読の効用とは、母国語が静かになる、母国語の沈黙の効用と言えます。
私は、英語を数十年直読してきました。それはイコール日本語を頭の中で沈黙させることをずっと練習してきたことになりそう。
ある時ふとそれに気づき、英語の直読をせずに、日本語を黙らせる、頭の中をシーンとさせられないかと試してみたんです。そしたら….あっさりできました。
それ以来、時折この「母国語の沈黙」を試しているうち、思いがけない効用に気づきました。今日はそのうち2つについてお話しします。
<具体的な効用1>
一つ目は、歯医者で痛みが激減したこと。ざっくり半減した気が。事実ならなぜか理由を考えました。
人は大体「痛い痛い」と頭の中で言って痛がるわけですが、その痛がる言葉が沈黙して使えなかったわけです。
言ってみれば、痛がる手段がない状態。とは言っても痛みは言語だけでなく、神経の反応もあるはず。なので痛みが消滅したのではなく、減った…大雑把に半減した気がした…こう考えました。
このように人は痛みを感じる時、あるいは感情を持つとき、言葉に頼る部分が非常に多いのでは。従ってその言葉を沈黙させることができれば、痛みや感情に振り回されにくくなるのではと思います。
これが母国語の沈黙の最初の効用。痛みや感情のbetterコントロールです。
<具体的な効用2>
二つ目の効用はインスピレーション、good ideaを思いつくこと。
例えばこのスピーチのタイトルBetween Languages。これはオリジナルな前置詞の使い方(と思いますw)。
他の例として、私は何だか行き詰まった感じの時、よく裏山に上ります。行きはほぼ母国語を黙らせ、帰りはそれはせずに普通に。すると、思いがけない発想がよく浮かぶ気がします。
そんな私の実感、事実だとすれば、再びなぜそんなことがありうるのでしょう。
理由は言語が一種の牢獄だからと思います。例えば猫は猫と呼ばなければならない、という風に、言語は不自由で外から押し付けられるもの。(表現する自由とかあっても、根本的な処で拘束されている,,,感じがします)。
ラカンという仏哲学者は言語を牢獄に例えたそうです。牢獄内なら柔軟性や創造性が押し殺されそう。なので短時間でも、母国語を沈黙させると、考えが柔らかくなったり、新しい発想に対しよりオープンになるのではないでしょうか。
さて私の場合、外国語の読書が培った母国語の沈黙、以上が二つの効用です。まとめると一つは自己コントロール、もう一つはインスピレーションでしたね。
<展望>
ここで視野が拡がります。これらの効用はどういう意味があるでしょう。これら二つの効用はどこか見覚えがありませんか。似た三つ組みが歴史上見られそうな気がします。
外国語の直読 ― 母国語の沈黙― 自己コントロールとインスピレーション
外国語との接触 ― 瞑想・祈り ― 宗教的哲学的発見・悟り
上の三つ組みで外国語との接触とあるのは、名高い宗教家や哲学者は皆外国語が使用される環境で生まれ育ったから。そのことが母国語を沈黙させ呪縛力を弱め、結局悟りのような究極的な現象を産んだのではないでしょうか。
少なくも、外国語(学習)は遥かに大きな役割を果たしてきたのではないかという気がします。あなたも直読と母国語で心の中で黙ることにチャレンジされるといいですね。言語の狭間で意外な経験をされるかもしれません。
https://www.youtube.com/watch?v=LFPumiWt4Xk
See you soon,
Jiro
<英語版>
知ってる内容を英語ルートで理解する。洋画で字幕を読んで英語を聞くように。
↓ ↓ ↓
英語版はこちらから☆
追記:
発表後本部によるTALKの内容審査に長い時間がかかるのに驚いた。コマーシャルに使ってないか。盗用はないかなど私だけ?5か月以上の審査のようだった。
私立学校に英語教師として勤務中、40代半ばに差し掛かったころ、荒れたクラスを立て直す策として、生徒に公言して英検1級に挑戦することを思い立つ。同様の挑戦を繰り返し、退職までに英検一級(検定連合会長賞)、TOEIC満点、国連英検SA級、フランス語一級、スペイン語一級(文科大臣賞)、ドイツ語一級、放送大学大学院修士号などの成果を得る。
アメリカで生徒への対応法を学ぶ為に研修(地銀の助成金)。最新の心理学に触れた。4都県での全発表、勤務校での教員への研修を英語で行う。現在も特別選抜クラスの授業を全て英語で行っている。「どうやって単語を覚えればいいですか?」という良くある質問に答える為、印欧祖語からの派生に基づく「生徒には見せたくない語源英単語集」を執筆中。完成間近。常日頃洋書の読破で様々な思考にふれているが、そうして得た発想の一つを生かして書いた論文がコロナ対策論文として最近入賞。賞品の牛肉に舌鼓をうっている。元英検面接委員