こんにちは
NYのKayoです。
今年2026年の9月11日で、あのアメリカ同時多発テロからちょうど25年、大きな節目を迎えます。私にとってこの日は、実は忘れられない個人的な記憶と深く結びついているんです。
当時、日本の両親が、ニューヨークの私の誕生日(9月9日)に合わせて花キューピットで花束を贈ってくれたのですが、手配の行き違いか一向に届かず、9日も、10日も、ずっと部屋でお花を待ち続けていました。
痺れを切らして、11日の朝9時過ぎに現地の花屋へ電話をかけると、
花屋の店主が、
「(※注)テレビのアナウンサーが『パールハーバーだ!』と大騒ぎしている、すぐテレビを見ろ!」
と悲鳴のような怒鳴り声。
何のことだか、頭がとっ散らかったまま受話器を置く私、テレビの臨時ニュース画面に映し出された信じられない光景に、言葉を失い立ちすくんだあの朝の衝撃を、今でも鮮明に思い出すことができます。
ニューヨークに暮らして長い年月が経ちますが、毎年9月が近づくと、ふと空を見上げている自分がいます。
あの日の眩しいくらいの青空と、街を包んだ何とも言えない奇妙な静けさが、今でも鮮明に蘇ります。
「もう四半世紀経つの?」と驚く気持ちと、昨日のことのように思える感覚が入り混じる、少し特別な季節です。
(※注)9/11当時のアメリカのテレビ放送では、まさに「パールハーバー」という言葉が溢れかえっていました。
1941年の真珠湾攻撃で大きな衝撃を受けたアメリカ人にとって、パールハーバーとは単なる地名ではなく、「国家的な奇襲のトラウマと、そこからの団結」を象徴する言葉でもあります。
それで、このような突然の大規模な攻撃を「パールハーバー」と言うようになったそうです。私たち日本人にとっては、何とも複雑な気持ちになる例えですが。
静寂が街を包む、7回の黙祷
2026年、当日のグラウンド・ゼロでは追悼式典が行われ、悲劇の瞬間に合わせた黙祷が捧げられます。
航空機が突入した時刻、タワーが崩壊した時刻など、これまでは計6回の黙祷が捧げられてきました。
そして25年目となる今年からは、9/11に関連する健康被害などでその後亡くなられた方々への追悼が加わり、計7回の静寂が訪れる予定です。
毎年この日、普段はイエローキャブのクラクションや、人々の賑やかな話し声が響き渡るマンハッタンも、この時間はしんと静まり返ります。黒いブロンズ板に刻まれたお名前の上にそっと置かれた一輪の赤いバラを目にすると、胸がキュッと締め付けられます。
この街で生きる私たちにとって、この7回の黙祷は「忘れてはならない」という誓いでもあります。
悲しみを癒す、光と水のデザイン
久しぶりにメモリアル・プラザを訪れると、水が吸い込まれるように流れ落ちる巨大なプール、Reflecting Absence(リフレクティング・アブサンス)の前に、世界中から集まったたくさんの人々が、静かにたたずんでいました。
見上げれば、雲を映しながらどこまでも高く伸びる、ワン・ワールド・トレード・センター。青空に向かってまっすぐ立つその姿は、まるで「私たちは忘れない」と静かに主張しているかのようです。
悲しい歴史の場所でありながら、澄んだ光とやわらかな水の音が満ちていて、訪れる人々に深い癒やしを与えてくれる場所へと、生まれ変わっています。
未来へつながる、白い翼と日々の営み
慰霊碑のすぐ隣には、スペインの建築家カラトラバがデザインした白い羽のような巨大建造物「Oculus(オキュラス)」が広がっています。
一歩足を踏み入れれば、そこは洗練されたショッピング・モールであり、ニュー・ジャージーへとつながるPATHトレインや地下鉄が交差する大ターミナル。
光が燦々と差し込む真っ白な空間を、通勤客や観光客が笑顔で行き交っています。こうして新しい日常がたくましく脈打っている光景を見ると、ニューヨークという街の力強さに圧倒されます。
25年目の秋、これからの未来に向けて
25年という歳月は、当時生まれていなかった子どもたちが大人になり、新しい時代を築くのに十分な時間だったのでしょうか。
悲劇を経験した街だからこそ、人種の壁を超えて助け合い、前を向いて進もうとする強さと優しさを、私はこの街に感じます。これからも時代は変わり、街の景色も少しずつ変化していくでしょう。
けれど、この澄み渡る秋空の下で命の尊さを祈り、日常のありがたさを噛みしめる気持ちは変わりません。
今日という日に感謝しながら、私もまたこの愛すべき街で、笑顔で歩んでいきたいと思います。
それではまた次回♫
Kayo
平木かよ / Kayo Hiraki
ニューヨーク在住 2017年より、世界屈指の米国グラミー賞の投票権を持つ。同じく米国スタインウェイ・ピアノ公認アーティスト。現在、グリニッジ・ビレッジのジャズの老舗「Arturo’s」のハウス・ピアニストとして、週に5日、自己のトリオで演奏活動を続けて26年目。ニューヨーカーに、スイングの楽しさを届けている。ベースの巨匠、ロン・カーターとのトリオで、ブルーノート・NYへも出演。JALの国際線機内誌でも、海外で活躍する日本人として大きく取り上げられた。また、舞台「ヴィラ・グランデ青山」では山田優がジャズシンガーに扮するシーンでの、ミスティーのピアノ伴奏。カナダ・トロント・リールハート国際映画祭でブロンズメダルを受賞した映画「Birth Day」への挿入曲提供と共に、ピアニスト役で出演。フランス・パリ日本文化会館での館長招聘コンサートや、台湾にて、最大規模を誇る、台中ジャズフェスティバルへの出場など、世界を股にかけるスイング感あふれる彼女のピアノとボーカルには、定評がある。定期的に、くにたち音楽大学ジャズ専修で講義を持つ。






