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タダで世界を旅行!お金までもらえる仕事!

World Lifeな生活
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英語が話せたらどんな仕事をしたいですか?
外資系企業で働きたい? CAさんになりたい? 海外で働きたい?
私は、ツアーコンダクターになりたかったです。
世界をタダで旅行ができる!そんな安易な理由からツアコンを目指し、英語を学び、そしてツアコンになりました。

ツアコンをしていたと聞いて「私もツアコンになりたかったんです!」「ツアコンに憧れていました」という方も多いです。では、ツアーコンダクターになるにはどうしたらいいのでしょう? ツアコンってどんな仕事でしょう?旅行してお金がもらえるいい仕事?

知っているようで知らない、ツアーコンダクターという仕事を知る旅に出てみましょう♪

<ツアコンなるにはどこに行く?>

では、ツアーコンダクターになるにはどこに就職したらいいと思いますか?旅行業なので、旅行会社? 
もちろん、旅行会社に入っても添乗員として仕事をする事はできます。が、この場合の本職は主に営業です。営業でとってきた団体のお客様のツアーを添乗するといった形です。これに対し、私たちのようなツアーコンダクターは「プロ添」と呼ばれていました。プロの添乗員という事で、添乗だけを仕事としている人たち、つまりツアーコンダクターという専門職です。

では、プロ添になるにはどうしたらいいか、というと、方法は2つあります。
1つ目は旅行会社が持っているツアーコンダクターの派遣会社に入る
2つ目はツアーコンダクターの派遣会社に入る方法

どちらも似た感じですが、1つ目の方は、1つの旅行会社のツアーのみに行く、2つ目の方は、色々な旅行会社のツアーに行く事となります。
私は旅行会社のツアコン派遣会社に入ったのですが、そこのツアーだけなので慣れやすいというのと、優先的に仕事がまわってくるので仕事が多く入りやすいと感じました。

そこの入社試験は、書類審査の後、筆記試験(観光地に関する問題)、日本語面接、英語面接がありました。300人ほど受けて、通ったのは30人ほどでした。
そして、驚いたのは新卒で入っている人は少ないという事。私は短大卒業後に留学をしたため、大卒の人たちと同じ22歳で入社しました。

専門学校から入った二十歳の人も数名いましたが、その人たちを含めても同じ年齢またはそれ以下の人は10人未満。あとは、社会人で、しかもほとんどが全く別分野から転職してきた人たちでした。中には、私よりも1周り以上うえの30代後半の人もいました。

ツアコンになるには「英語が堪能」というイメージがあるかもしれませんが、実は応募資格は英検2級程度となっていました。そして、その他の条件はその当時は30歳位までだけでした。

つまり、英検2級程度の英語力があれば大卒、短大、専門学校卒関係なく、そしてもちろん性別、年齢も関係なく同じ土俵で働く事ができ、実力第一主義なのがツアーコンダクターの世界です。ここが普通の日本の会社とは大きく異なるところだと思います

<懐も寒い冬の時代>

どの世界にも下積み時代というものがあると思いますが、添乗員の仕事にも下積み時代がありました。海外添乗員として入っても、最初の1年はみんな国内のツアーを添乗します。国内ツアーでもいいのですが、ただお給料が安いのです…。

添乗員は1本ごとのツアーの契約で派遣される形で、お給料は日当×添乗日数となります。国内ツアーは1日あたりがその当時8000円弱。国内ツアーは大体が2泊3日。ツアー毎の間に引き継ぎや清算の日(無給)が入るため、2、3日は空いていました。つまり、3日働いて、2、3日休むという形で1ヶ月に多くても6本のツアー=18日間入るのがやっとでした。

目一杯入っても、給料は13万あるかないかの状態で、一人暮らしの私は最初の1,2年は親から少し支援をしてもらっていました。
冬になると最悪で、冬は全体的なツアーの数も減ってしまいます。すると、やはり仕事は上の先輩たちから入っていくため、下っ端の私たちまで仕事がまわってこないのです。

そうなると、一人暮らしは生活ができません。そのため、冬の3か月間は同じ旅行会社系列の支店へ事務派遣をしてもらい、そこで事務の仕事をして、なんとか食つないでいました。

2年目になり、再度面接と英語のテストを受け、受かったらようやく海外添乗への研修旅行に行くことができます。研修はロンドン、パリ、ローマのヨーロッパ王道コースでした。
この研修の後、海外添乗も近場の中国から入っていくようになります。2年目は、国内半分、海外半分という状態で、徐々に海外添乗が増えていきます。

そして3年目になりようやく、海外添乗のみとなり、それと同時に生活も安定してきました。
これまでしていた、冬のバイト生活もしなくてもよくなり、代わりに長期休暇をとって、貯まったマイルで旅行に行くこともできるようになりました。(マイルはめちゃくちゃ貯まります。ツアコンのボーナス的存在です。)

<思っていたキラキラと違う>

しかし、この楽になった3年目に入るまでに残ったのは10人程度。つまり一緒に入った同期の2/3は1,2年で辞めていたのです。これには経済的な理由もあると思いますが、「思っていたのと違う」という理由で辞める人も多かったです。

ツアーコンダクターの仕事は、華やかなイメージがありますが、実際の仕事はお客様の目に見えていない裏方の仕事、ホテルやレストランなど関係各所に確認や根回しをしたり、ホテルで荷物が遅ければ一緒に運んだりと地味で、泥臭い仕事も多いのです。キラキラしたイメージで入ると、地味な作業や体力を使う仕事にギャップを感じてしまうでしょう。

私も最初は「こんなにきつい仕事、割に合わない!」と思っていましたが、私には海外添乗に行って、見たい物がありました。それは、ドイツのノイシュバンシュタイン城とイタリアの青の洞窟です。ノイシュバンシュタイン城はディズニーランドのシンデレラ城の元になったともいわれるお城です。

毎年、会社では海外の絶景を紹介したカレンダーを出しているのですが、その1つの月にノイシュバンシュタイン城があったのです。山あいにそびえるこのお城を見た時に、「わー!このお城、この目で見てみたい!」となり、その月が終わった後もカレンダーを切り取り、部屋に貼って眺めていたものでした。

そして、青の洞窟も同じくカレンダーで見たのが最初です。洞窟の中で揺らめく青の色が何とも神秘的で、「本当にこんなにきれいな青色があるんだろうか」とその青の美しさに魅了されたのでした。(この2つをこの目で見てみたい!これを見るまでは絶対辞めないぞ!)と、今思えば随分自己中心的な理由ですが、それが私のモチベーションになっていたのは確かです。

そのため、実際にこの2つを初めて添乗で見た時は、その美しさに感動したのはもちろんですが、それと同時に(これを見るために、よくここまでがんばってきたなぁ)という感慨深い思いもありました。

3年を過ぎたところで、再度研修があり、ドイツやイタリアの周遊などガイドさんがつかずにバスで移動するツアーも入ってくるようになります。この研修の後はすべてのツアーに行く事ができるようなります。

気づいた方もいると思いますが、研修は2回のみ。あとは、世界中どこの国も一人で添乗する事になります。もちろん、初めての国も! 

ですから、最初はほとんどどこも初めてになるのですが、お客様には「初めてです」とは言えません。お客様が不安になってしまいますから。なので、私は初めてではないけど、慣れていません感をだして「2回目です」というようにしていました。 そして、内心はドキドキのバクバクでキョロキョロしながら添乗をするのです。

そして、このドキドキは何年たっても終わることはありませんでした。なぜなら次々と新しい国や地域が入ってくるからです。そのたびに、会社にある資料や他の添乗員が残しているレポートをコピーしまくり、勉強して、案内するノートを作っていました。

海外添乗の場合は、ツアーとツアーの間は5日間位あいているのですが、1日目は前のツアーのレポート作成と清算作業、2日目は会社で清算と次のツアーの引継ぎ、3日目からツアーの準備となるため、実質3日で新しい国の観光情報やガイドのネタ、観光箇所の案内をまとめなければいけません。

夜中までかかって勉強しても間に合わず、ツアーが始まってからも前夜になんとかノートをまとめ上げて案内するという事もありました。

それでも、私は新しい場所の事や歴史、その地にまつわる話などを知ることが面白くて、興味深く、体力的にはきつくても勉強することは全く苦ではありませんでした。むしろ、勉強すればするほど、歴史や宗教、建築などについて知れば知るほど、現地に興味がわき添乗も面白くなりました。それが何年たっても飽きることなく続けられた理由だと思います。

<英語は気合!>

冒頭でも少しお話しましたが、ツアコンの仕事は英検2級程度あれば、合格します。英検2級程度というと、高校卒業程度の英語力です。

同期の添乗員は、ほとんどが留学経験、またはホームステイの経験がある人たちでしたが、中には、国内添乗員から海外添乗員へあがってきた人もいて、英会話が得意でない人たちもいました。

研修旅行の時に(この英会話力で仕事できるのかなぁ?)と思う位つたない英語力の人もいましたが、いざ添乗に出てみるとお客様からの評価も高く、見事に添乗をこなし、英語力もその後ついていったのです。

逆に、ネイティブ並みに流暢な英語を話したり、帰国子女で3カ国語を話す人もいましたが、添乗では臨機応変に対応できなかったり、トラブルにあったりで、辞めてしまったり、国内添乗に変更する人もいました。

そこで分かったのは「英語力が全てではない」という事です。

どの世界でもそうだと思いますが、海外で仕事をするには英語力さえあればいいというのではなく、日本と違う環境や習慣に柔軟に対応できる事が必要になります。海外では日本では考えられない事がよく起こるのです。

その時に「ありえない!」と怒るよりも「郷に入っては郷に従え」。日本のやり方や常識で考えるより、その国、その土地に馴染んで、受け入れて対応する方がスムーズにいきます。これは、私がツアー中、色んなトラブルに見舞われる中で、試行錯誤し体得したことでもあります。

そして、英語は気合!伝えようとする気持ちが大切ということ。英語圏でない国に行くと、お互い英語は第二外国語同士。丁寧な言い方だと伝わらない事があったり、バスドライバーさんなど英語があまり分からなかったりします。

その時も、「これは正しい英語。」とか「こっちの方が丁寧な言い方だから」とこだわらずに、直接的でも単語だけでも、それで伝わらなければ身振り、手ぶりでも伝える事が大事です。英語でも日本語であっても伝わらなければ意味がないのです。そういう意味でも英語力は気にしないでいいのです。

<やりたい事あきらめてない?>

ここまで読んで「わ~、ツアコンやってみたいな!」とか「ツアコン面白そうだな!」と思った方がいたら嬉しいのですが、ツアコンという仕事は体力的にも、精神的にも大変な仕事ではありますが、私に世界中の素晴らしい景色を見せてくれ、素敵な人たちとの出会いを与えてくれた仕事です。

私の周りでも「ツアコン、なりたかったんです」という人が結構います。
そんな人に私は「ツアコン、誰でもやれるからやってみたらいいよ」というのですが、全員「もうこの年では無理、無理。」「英語ができないし…」といって挑戦さえもしないのです。

それ程「やってみたい」という気持ちが強いわけではないのかもしれませんが、ツアコンに限らずそういう人たちは「年齢が…」とか「英語力が…」というのを言い訳にして色んな事をあきらめてしまっているように思います。


オーストラリアで働いていた時の同僚に40歳手前の女性がいました。彼女は「若い時にキャビンアテンダントになりたくて、試験を受けたけどどこも通らなかった。でもどうしてもCAになりたい」と言っていました。 そして、ジェットスター航空が日本に就航するのを機にCAを募集していたのを知り、応募したのです。

私は正直、(航空業界の経験もなくて、40手前で今からCAは、流石に難しいかな…)と内心思っていました。
ところが、彼女は見事ジェットスターのCAに合格したのです!彼女は泣いて喜んでいました。
そして、私も(本当に望んで努力すれば夢は叶えられるんだ)という事を彼女から教えてもらいました。それと同時に、海外では年齢は関係なく実力、これまでの経験、そして熱意が評価されるのだと改めて感じました。


英語ができたら、いえ、英語ができなくても、やってみたい事はなんですか?
人間が死ぬときに一番多い後悔は(あの時、〇〇をしていたら良かった)というやらなかった後悔といいます。「海外行ってみたい」「海外で働いてみたい」「〇〇の仕事してみたい」etc… 死ぬときに後悔するくらいなら、やりたい事やってみましょう! チャレンジしてみましょう!

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