アメリカに住んでいると、時々ポストにOfficial Jury Summons / オフィシャル・ジュリー・サモンズ と呼ばれる「招待状」が届きます。
表には堂々と “Jury Duty / ジュリー・ドゥーティー”と書いてある。
そう、jury(陪審員)の召集令状です。
ドラマ『LAW & ORDER』や『Suits』などでお馴染みの、あの市民が法廷にずらりと並ぶ制度。アメリカ社会では「市民の義務」として、みんな一度は経験するものだと言います。
アメリカの陪審員は、事実認定に基づいて、陪審員全員12名の一致意見で被告人が有罪か無罪かを評決する、とても大事な役割を担います。
日本の裁判員 citizen judge制度とは違って、量刑は決定しません。
その Jury Duty には、「市民の義務です」と書いてあるから、逃げられない。呼び出しを受けると、仕事を休んで裁判所へ行かなければなりません。
事件に選ばれなければ1日で帰れるけれど、選ばれてしまうと数週間通うことも。しかも刑事・民事どちらにも参加の可能性ありだそうです。
選ばれないというのは、一度の裁判に必要な12人に対して多めに呼ばれていて、的確でないと判断された人は、その陪審員から外れるのだそうです。
日当はニューヨーク州で72ドル(約10800円、2025年現在)、ランチは出ませんし、交通費も自己負担。
つまり、「お弁当持参で裁判所へ」が現実です。
アメリカ人の知り合いは「面倒くさい!また呼ばれた!」と頭を抱えていますが、私にとっては少し事情が違います。
というのも、私、アメリカの市民権を持っていないのです。
本来陪審員は、選挙権を持つ市民だけが対象。だから私には参加資格がないのですが、なぜか呼び出し状は何度も来ます。最初に届いたときは、なぜこれが来たのか、驚きましたが、今ではもう慣れました。(笑)
封筒を開けて「あぁ、またこれか」と思い、すぐに「私は市民権がありません」と書いたお断りのレターを返送します。
まるでパーティーの招待状を受け取ったけれど、残念ながら条件に合わないから参加できません、と言っているような気分です。
正直、これは完全に無駄な時間と手間。なぜ最初から「市民権を持つ人だけ」に送らないのか、首をひねります。データベースを少し整理すれば済む話ではなかろうか…。
でも、そこがいかにもアメリカらしい。大きな制度の仕組みのなかで、個人の細かな事情はあまり考慮されない。
そんなシステムは動き続け、私の郵便受けには、幾度となく律儀に召集状が投げ込まれる。
日本の刑事ドラマでは、裁判員の姿はめったに登場しませんよね。もちろん、日本では、2009年から始まったばかりの新しい制度ですし、主に日本の法廷ドラマは、裁判官と弁護士の知恵比べや人情劇、どんでん返しが中心です。
アメリカのドラマは、普通の市民12名の陪審員たちの心をどう動かすかという「説得劇」が主役。弁護士は法廷でまるで舞台劇の役者のように振る舞い、陪審員の表情一つに一喜一憂する、ドラマティックな演出で描かれます。
私の印象に残っているのは、映画「フィラデルフィア」でのトム・ハンクスの名演です。1993年のアメリカ映画で、感動で、最後は涙が止まらなかったのを覚えています。
呼ばれても行けない陪審員。私のJury Duty体験はドラマのように緊迫した法廷シーンではなく、郵便受けの前で「また来た!」と苦笑いする日常。
でも、そのたびに「市民の義務」という言葉を目にして、アメリカ社会の根っこをちょっと覗いた気分になるのです。
これもまた、アメリカ生活ならではの、ユニークな一幕なのかも。
あっという間にもう秋の気配を感じるニューヨークです。朝晩涼しくなってきました。明け方には寒くて目が覚めるなんてことも。お互い風邪をひかないように気をつけましょう~。
それではまた来週♫
Kayo
平木かよ / Kayo Hiraki
ニューヨーク在住 2017年より、世界屈指の米国グラミー賞の投票権を持つ。同じく米国スタインウェイ・ピアノ公認アーティスト。現在、グリニッジ・ビレッジのジャズの老舗「Arturo’s」のハウス・ピアニストとして、週に5日、自己のトリオで演奏活動を続けて26年目。ニューヨーカーに、スイングの楽しさを届けている。ベースの巨匠、ロン・カーターとのトリオで、ブルーノート・NYへも出演。JALの国際線機内誌でも、海外で活躍する日本人として大きく取り上げられた。また、舞台「ヴィラ・グランデ青山」では山田優がジャズシンガーに扮するシーンでの、ミスティーのピアノ伴奏。カナダ・トロント・リールハート国際映画祭でブロンズメダルを受賞した映画「Birth Day」への挿入曲提供と共に、ピアニスト役で出演。フランス・パリ日本文化会館での館長招聘コンサートや、台湾にて、最大規模を誇る、台中ジャズフェスティバルへの出場など、世界を股にかけるスイング感あふれる彼女のピアノとボーカルには、定評がある。定期的に、くにたち音楽大学ジャズ専修で講義を持つ。