新しくオープンした【World Life】とは?
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海兵隊将軍から学んだ気配り!

World Lifeな生活
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皆さまは,米軍の将軍とお話をしたことはありますか?え!話って,そもそも将軍って何?という感じでしょうか。将軍は,大将とか中将とか言った軍人を一般的に呼ぶときに使います。その階級に出世する軍人は,全体の数%といわれています。軍のトップリーダーたちです。

Swatchが,英語をコミュニケーションの道具として役に立つと自信を得たのは,2000年から約4年間,沖縄の米海兵隊司令部で勤務したからです。

その頃沖縄には,10人の将軍がいました。将軍との交流を通して,素晴らしい体験をしました。

今回は,皆様を米海兵隊司令部のディープなところへご案内いたします。

想定外の人事

 アメリカ陸軍大学のアカデミーから帰国し,人事担当者のところへ立ち寄ったときのことです。「おお,スワちゃん!頑張ったらしいな!」というやや間接的なねぎらいの言葉が後方から聞こえました。声で誰かは知れたので,振り返り丁寧に敬礼し,「ありがとうございます」と答える。

人事担当者の上司です。満面の笑みで「これからは,ゆっくりして,自分の人生を充実させてくれ!」と一言。3秒ぐらい目をみつめ,無言で微笑み返しする私。笑

新しく配属された職場で,数か月が過ぎ,アメリカの生活から日本の生活ペースに慣れた頃,

上司から呼ばれた。

「実は,体育学校へ沖縄海兵隊の師団長が訪問することになったので,通訳してくれないか」。即座に「了解!」して調整に入る。

久しぶりの通訳の現場でウキウキする。だが,海兵隊師団長の予定の情報がとれない。ほとんど情報もなく,訪問当日を迎えた。「困ったものだなあ。まあ,出たとこ勝負か」と心を決めた。

将軍一行とは,防衛省で合流し,朝霞駐屯地にある体育学校へ向かった。将軍は黒塗りのセダン,アテンドする者はマイクロバスに乗り込むが,マイクロバスには私一人。「??????」

師団長の車には,沖縄から自衛隊幹部が随行し,いろいろと説明している。「これは出る幕がないなあ」と思いながらも,積極的に師団長の発言を担当者に通訳していく。通訳自体は難しいものではない。

オリンピック選手も輩出する自衛隊体育学校のトレーニングシステムについて,師団長は,鋭い質問を連発する。才能ある選手をどうやって選ぶ?システムの良いところは?改善するところは?と止まらない。

通訳が終わり,体育学校で師団長一行とは別れることになった。帰り際,師団長に挨拶をすると満面の笑みで握手を求められた。ぎゅっと握った師団長の手のひらに「コイン」があり,コインを握り返す。チャレンジコインだ!

チャレンジコインとは,米軍の慣例で,良い仕事をした部下に,ご褒美として自分の「コイン」を与える儀式である。直径約4cmのコインで,師団長の職名が記されている。チャレンジの意味は,再会した時にこのコインを示せば,「ビールをおごってもらえる」という意味である。

沖縄米海兵隊司令部へ

1か月後,防衛省内で,人事発令を受けた。「え?沖縄勤務ですか?」

東京の防衛省内に籍を置き,勤務する場所は,沖縄県の那覇駐屯地ということらしい。それも実際に勤務するところは,那覇から高速道路を1時間走った沖縄米海兵隊司令部。聞いたことがない!

ひと月前の米海兵隊師団長の通訳は,そのための実地試験だったのか!と頭をよぎる。

自衛隊は,転勤した日に部や課の所属する全員の前で挨拶をする習慣がある。いわば顔見世である。私の番である。通常は,挨拶した場所で勤務することになるが,私は沖縄が勤務場所である。

「この度,本日付で防衛部所属となり,沖縄へ島流しとなります。本日でお別れになりますが,今後ともよろしくおねがいいたします」と挨拶した。

大爆笑となったが,沖縄と東京をつなぐ重責であることは理解していた。

 沖縄の米海兵隊は,第3機動展開部隊(ⅢMEF)と米海兵隊太平洋基地司令部が駐留し,約15000人の米軍人と軍属及びその家族が生活している。いよいよ沖縄生活の始まりです。

海兵隊員との信頼関係

最初に驚いたのは,トップに位置するのが,コインをいただいた師団長でした。師団長は,なんと少将から中将に昇級し,在日米海兵隊のトップの司令官及び在沖四軍調整官に出世していました。

一日の通訳で,私の能力と技能を評価し,推薦してくれたのだと聞きました。

私の人生の可能性を開き,英語に自信を獲得するチャンスを与えてくれた恩人のG中将です。後に,オバマ政権で米国防総省省国防補佐官(アジア・太平洋安全保障問題担当)に大抜擢されました。

もう一人,大変お世話になった将軍がいます。G中将の後任として就任した第3海兵師団長B少将です。人間関係の構築には,「気配りが大切である」ということを,改めて教えてくれた将軍でした。

 米海兵のモットーは“Semper Fidelis”ラテン語で「任務に忠誠であれ」です。戦場に仲間を置き去りにしないこと。仲間に何かあっても,母国へ連れて帰る精神が基本です。

そのため,体を鍛えています。「お前は俺を戦場から連れて帰れるか」という目で相手をみます。

海兵隊員は,将軍から一兵卒まで,身体能力も射撃能力もどの軍隊より優れています。

そして”Once a marine, always a marine!” 「海兵隊員になったら,生涯,海兵隊員であれ!」を実践します。そのような環境で生きていくには,どうしたらよいかと逡巡しました。結論として,「自分が51%海兵隊員になればいい」と考えました。

予定調和をとらない。妥協しない。相手が真剣になるまで議論を続ける。相手を怒らせたら上出来。その後の調整が円滑にいきます。そのために英語は武器。相手に切り込んでいくための武器です。

英語を話すスピード感,聞き逃さないこと,分からなければ説明を求める,お互いの任務を尊重するといった感覚が求められます。その真剣さが,信頼関係を醸成していったと思います。

え!大学受験で暗記したことわざを初めて実際に聞いた!

先ほど述べた,3師団長は,同じ建物に執務室があることもあり,毎日,朝一で執務室をたずね,海兵隊の行動や考え方についてアドバイスをいただきました。

連絡官としての勤務は,調整のため沖縄中を飛び回らなければなりません。車両で7つの基地を要件ごとに回ることもあり,1週間ほど日が開いた時のことです。

いつも通り,師団長室へ入ると,「ずいぶん無沙汰だな」と言われ,ソファーに座るよう勧められました。開口一番,”Out of sight, out of mind”ということわざを知っているかと 尋ねられました。

うなづくと,師団長は静かに語り始めた。海兵隊員は,交わりが淡である。世界的な規模で任務を遂行しているので超多忙である。任務第一であり,人とのかかわりは,その者が「必要であるということ」が基準となる。

姿が見えなければ,我々はすぐに忘れてしまう。それが現実なのだ。「お前はとにかく,日参して顔を見せよ!」そして,女性秘書にウインクして ”The door is always open for you”とつぶやきました。

私の執務室や上級曹長の部屋にお前が毎日入室するのがsight(姿を見せること)なのだ。私の部下がそれを見れば,それなりの目で見て,調整もうまくいくだろうと言葉を重ねてくれたのです。

大学受験で暗記したことわざが,胸に響いてきました。ことわざにかけて,海兵隊内での仕事の仕方を教えてくれた師団長に感謝です。気配りの大切さも身に沁みました。また,沖縄でトップになった将軍も,しっかりと私を見ていていくれたのだと感じました。英語が話せると様々な可能性が生まれてきます。 

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