防衛省に語学を専門に教える学校があることをご存じでしょうか。
私は、その語学教育機関で,主任教官として英語を教授していました。学生は全国から試験で選抜された男女の自衛官です。3か月の短期集中英語特訓コース:虎の穴です。
え!自衛隊に英会話の学校があるの?と思うかもしれませんが、防衛省には通訳を養成する為の教育機関があります。自衛隊の海外派遣や外国軍との交流のためです。しかも英語だけではなく、中国語、ロシア語、韓国語まで様々。
私の担当した英語のクラスは、全国から選抜された優秀な自衛官を全寮制で3か月あずかり,世界で活躍する通訳官を養成するのが目的です。40名のクラスで約1割が女性自衛官です。
ある時、私に、一本の電話がかかってきました。陸上自衛隊の人事計画を作る人事部からです。担当の英語クラスの中に、「米国留学を希望する女性自衛官はいるか?」………..
<海外留学は、語学を学習するもののあこがれ>
留学を希望する女性自衛官はいるかとの人事担当者からの問いに、「全員が希望しています!」と即答すると、「本当ですか!」と明るく弾んだ声が返ってきた。
自衛隊には、海外留学制度があります。数は限られていますが、国費留学生として外国軍の大学で学ぶ機会があるのです。語学を勉強する自衛官にとって、留学はあこがれです。
コースのオリエンテーションで、主任教官であった私は、語学習得の道は地道で長いこと、その長い道のりの中に、米軍の語学学校や大学留学のチャンスがあることを話していました。
防衛省は女性自衛官を積極的に活用していこうという機運があります。米陸軍大学への留学も恒例化しており,私の英語クラスを卒業生する女性自衛官もそのチャンスがあると、期待していました。
入学時のアンケートには、「あなたは留学を希望しますか。」という項目も含まれています。前述の人事担当者からの電話の即答「全員が希望しています!」は、その集計結果を伝えたまでのこと。
人事部は、確実に近い将来、女性自衛官を留学させようと計画を練っている。学校側も、留学や海外派遣のために、女性自衛官に絶対に身に着けてもらいたい技術を教授しなければならない!
それは,英語で、女性として身を守ることができるかということでした。
<英語で身の危険を周りに知らせることができますか?>
日本の女性は,いつも笑顔で優しい。世界的な評価です。
他国の女性は,日本人のようにいつもニコニコはしていません。何か気に入らないと,周りに躊躇することなく不愉快な表情を浮かべ,言葉で自分の不愉快さや不快感を表現します。
「いやだったら,いやだと言う」が世界の常識です。その表現も遠慮なく、徹底して主張し,周りに自分がどのくらい不当な扱いを受けたか,あるいは危険な状況であるかを伝えます。
私の英語クラスを卒業すれば,数年のうちに、英語女性通訳官として海外出張も考えられます。チャンスがあれば,米陸軍大学のアカデミーに留学するチャンスも与えられることも現実的です
でも,ひとつ気がかりな点があります。海外勤務では,日本人女性のいつも笑顔で八方美人的な態度や物事をはっきりと言わないことが,トラブルの原因となっているのです。
グローバルな任務が期待される女性自衛官は,自分の行動に責任を持つことが求められます。また、自分の考えが「No!」であることを,しっかりと相手に伝えなければなりません。
さらに,自分が危険な状況になったなら,英語で危険な状況を周りに知らせる術が必要です。
それを英語の授業の中にどのように取り入れていくかを考えるのが教官である私の仕事です。私は、女性自衛官に自分が危険であるかを、どうやって表現させたらいいかを考えていました。
休日に何気なくアメリカ映画のビデオを見ていると,ニューヨークの通りで女性が男性に話しかけられ口論となり,大声で叫ぶ様子が目に入りました。「何て言ってるんだ!」ビデを巻き戻し再生すると,女性は誰でも知っている二つの英単語を叫んでいました。
これだ!これを授業に取り入れようと、すぐさまメモを取りました。そして会話で使うフレーズ(台詞)とそのシーンのシナリオを書き上げたのです。
<No way! で身を守る!>
翌週,私の授業で使う教授計画のなかに,寸劇を書き足しました。教授計画とは,授業の内容の詳細を記述した計画のことです。計画の変更や,内容を付け加えた場合は,上司の承認がいります。
早速、上司へ説明すると,すぐさまOKがでました。いよいよ実際の授業です。
シナリオは,男女で交わされる会話で始まります。男性が女性をデートに誘います。
男女の学生が、寸劇でロールプレイをします。デートに誘われた女性は,まんざらでもない気持ちです。かといって同意する訳でもなくどっちつかずの態度をとります。演技力がいりますね。
授業の寸劇で使うフレーズが,2つの単語“No way!”です。日本語にすると「だめよ!」ですが,女性は、最初は、できる限り可愛く,気がある素振りで表現します。
恋愛経験の少ない女性自衛官には、難しい表現法かもしれません。一方誘う男性側は,できるだけしつこく,女性が口にする「だめよ!」を全く意に介さずに自分の要求を通します。
これは、あくまでも,授業の寸劇です。
男 いつ見てもチャーミングだね
女 No way!
男 週末時間ある?
女 No way!
男 今だったらどう?
女 No way!(少し不機嫌に)
男 いいだろ!(強引に)
女 No way!
男 女性の腕を持ち連れて行こうとする
女 No way!!!(強い拒否)
男 行くぜ!(女性の腕を引っ張る)
女 No way!!!!!(大声で周りに助けを求めるように)
一通り寸劇をおえて,それぞれの表現にコメントをします。素晴らしい演技力を見せてくれる学生もいます。そして、女性自衛官に教官としてダメ出しをします。
女性の学生に,no wayを発声させます。セリフは最後の大声で周りに助けを求める場面です。
女性自衛官:“No way!”
私:「違うな。腹の底から声を出せ。もっと大きな声で。シャウトするんだ。危険な男がそこにいるんだ!遠慮するんじゃない。」 女性自衛官の顔が厳しくなります。
女性自衛官:“No way!!” 声も大きく,不快感が伝わってきます。
私:「もっとだ。もっと強く拒否して。」
女性自衛官:“No way!!!!!!!”
教室に女性の危機感のある声が響き渡ります。周りの学生も納得して聞いています。
私:「OKだ!」
<Yes に限りなく近い“No way”から拒絶の“ No way!”まで>
「練習は汝を完璧にする!」
“Practice makes you perfect!”
という諺があります。
頭の理解だけではなく、実際に練習する、経験することが非常に大切です。大勢の前で感情をむき出しにするのは、女性にとって、恥ずかしいことかもしれません。
恥ずかし感情を克服し、経験することで、英語のフレーズは生きた言葉となって、実際に使うことができます。海外旅行の前に,カラオケボックスなどで、大声で練習しておくと役に立ちます。
英語は日本語に比べ直接的な表現が多いと言われます。また,Yes or Noをしっかり言う文化の上に成り立っているともいわれます。比較論としては、そうかもしれません。
しかし,英語でも,曖昧な表現もあれば,はっきりと目的を追求していく話し方もあります。「強さを加減できる技術」を持つことにより、英語の表現は豊かになっていきます。
YESに限りなく近いNo way!から 自分を守るために発する警報のNo way!!!!まで、場面によって使い分けることができれば、日常会話から危険状況まで英語での対応が可能になります。
それが大人の英会話の勉強法です。感情をいかに表現するかを練習ですることで,役に立つ、使える英会話になっていきます。英語ペラペラの世界がどんどん広がっていきます!
執筆家・英語教育・生涯教育実践者
大学から防衛庁・自衛隊に入隊。10年間のサバイバル訓練から人間の生について考え、平和的な生き方を模索し離職を決断する。時を同じくして米国国費留学候補者に選考され、留学を決意。米国陸軍大学機関留学後、平和を構築するのは、戦いを挑むことではなく、平和を希求することから始まると考えなおす。多くの人との交流から、「学習することによって人は成長し、新たなことにチャレンジする機会を与えられること」を実感する。
「人生に失敗はなく、すべてのことには意味があり導かれていく」を信念として、執筆活動を継続している。防衛省関連紙の英会話連載は、1994年1月から掲載を開始し、タモリのトリビアの泉に取り上げられ話題となる。月刊誌には英会話及び米軍情報を掲載し、今年で35年になる。学びによる成長を信念として、生涯学習を実践し、在隊中に放送大学大学院入学し、「防衛省・自衛隊の援護支援態勢についてー米・英・独・仏・韓国陸軍との比較―」で修士号を取得、優秀論文として認められ、それが縁で定年退官後、大規模大学本部キャリアセンターに再就職する。
修士論文で提案した教育の多様化と個人の尊重との考えから、選抜された学生に対してのキャリア教育、アカデミック・アドバイジングを通じて、キャリアセンターに新機軸の支援態勢を作り上げ、国家公務員総合職・地方上級職、公立学校教員合格率を引き上げ高く評価される。特に学生の個性を尊重した親身のアドバイスには、学部からの要求が高く、就職セミナーの講師、英語指導力を活かした公務員志望者TOEIC セミナーなどの講師を務めるなど、大学職員の域にとどまらぬ行動力と企画力で学生支援と教員と職員の協働に新たな方向性をしめした。
生涯教育の実践者として、2020年3月まで東京大学大学院教育研究科大学経営・政策コース博士課程後期に通学し、最年長学生として就学した。博士論文「米軍大学における高等教育制度について」(仮題)を鋭意執筆中である。
ワインをこよなく愛し、コレクターでもある。無農薬・有機栽培・天日干し玄米を中心に、アワ、ヒエ、キビ、黒米、ハト麦、そばを配合した玄米食を中心にした健康管理により、痛風及び高脂質血症を克服し、さらに米軍式のフィットネストレーニング(米陸軍のフィットネストレーナの有資格者)で筋力と体形を維持している。趣味はクラッシック音楽及びバレエ鑑賞。
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