私はこれまで、長いこと英語を教えてきました。ざっと35年間。最初は防衛省の英会話サークルで英語を教え、定期的に英語セミナーの講師をしました。
それから英語の専任教官として教鞭を取ったのが、防衛省の語学学校。若い自衛官を全国から集め,3か月で英語通訳になってもらう英語特訓コース(40名)の鬼教官に。そんな風に35年英語を教え続け、面白いことに気がつきました。
それは、英語が伸びる学生は、真面目で、頭がシャープで、記憶力が良い訳ではないということ。一般的に、真面目にコツコツと勉強する記憶力が良い学生の方が、英語は伸びると思われがちですが、実はそうじゃないことに気がついたんです。
少し事例を話させてください。
モーニング・カンバーセーション
私が英語の専任教官として教鞭を取っていた防衛省の語学学校。そこで若い自衛官に受けてもらっていた、3か月の英語特訓コースでのことです。
英語特訓コースの朝は,モーニング・カンバーセーション(モーカン)と呼ばれる英会話の練習から始まります。学生同士が二人で暗記した英会話を,広い校庭で大声をだして練習するのです。
私は,学生の間を歩きながら学生の発音をチェックしていきます。40人が2人一組になって大声で英会話をする。その間を歩きながら、発音をチェックしているときのことでした。私の後ろから流暢に挨拶をする学生がいます。
“Chief, How are you doing this morning ,sir”「教官殿,今朝のご機嫌はいかがでしょうか」
「お!いい発音だな」と振り返ると,満面の笑みの学生Aです。
私: ”How are you doing?” 「調子はどうだ?」
学生A:”I’m doing OK, sir!”
彼(学生A)は、高校卒業後,英語を一切勉強したことがないそうです。ですが入学して、1週間もたっていない学生が,流暢に英語で話しかけてきます。実は最初の授業で私は,挨拶のフレーズとその発音のコツを次のように教えました。
How are you doing, sir? を,「ハワイdoing サ」
I’m doing OK , sirは,「アイム,doing オケサ」と発音しなさい、と。
最初はまず英語に慣れてもらうために、カタカナをイメージしてもらって発音してもらいます。実はこれが必ず通じると言えるほど、的確です。
学生Aは,教えられた通り発音していたのです。教官としてはウキウキ!です。
“Great!”「すごいぞ!」とほめた後,私は別の学生をチェックしに。
少し離れたところにいる学生Bと学生Cに声をかけました。
私:“Hey, guys!How are you doing?”「二人とも,調子はどうだ?」
学生B:“I’m fine ,thank you!”「健康状態,異常なし!」
入学時の成績がトップクラスの学生Bが,中学で習った英語で応えてくれます。
私:“Not bad!” 「悪くはないよ!」(内心,面白くないなあと感じています)
私:“How are you doing, Sergeant C?” 「C3曹,調子はどうだ?」
(sergeantは,自衛隊の階級で3曹,米軍の軍曹に近い)
学生C:「あいむ,ふあいん」と日本語風にこたえる。
まだ英語は難しいだろうと、少し日本語で話しかける。
私:モーカン(モーニングカンバーセ―ション)は慣れたか?
学生C:「いやあ,教官,まだまだです」
本音だろう。日本語で話しかけると,日本語になる。英語学校内で,学生は,日本語の会話は基本禁止である。本人が「まだまだ」というように,英語学校の規則にも慣れていないのだろう。
ここまでで、学生A、学生B、学生Cのちょっとした会話を聞いてもらったが、誰が一番英語が得意そうと感じたか。多くの人は、学生Aと答えるだろう。
ただ、成績順で言うと、学生Bの方が英語力はある。入学時の成績も抜群で良い。でも、多くの人は学生Aの方が、英語力があると答える。
3人の英会話は何が違うのだろうか。
3人の英語力を分けた鍵
成績トップクラスの学生Bは,今まで覚えた英語で挨拶を返した。私の最初の授業の英語はまだ身についていない。学生Cは,英語を話すことに慣れていないようである。
私の後ろから声をかけてきた学生Aは,私が最初の授業で教えたフレーズで積極的に挨拶をしてきた。「教官,私の英語を聞いてください」と心の奥で言っているような感じだ!
後日,学生Aに聞いてみたが,最初の授業で教えたフレーズを,何回も繰り返し,私の発音を物まねしたらしい。確かに,それならば私がいい発音だと感心しても合点がいく。
20年以上通訳をしてきた私の耳には,学生Aの挨拶は,英語らしい英語に聞こえたのである。
自分の英語学習を思い出しても,中学・高校生の頃,アメリカンポップスをレコード!で聞き,それを物まねしていたのだ。英会話の上達のコツは,物まねである。
ただ、これは入学して1週間の話。教わったことを即実行できるタイプの学生A。自分の今までの英語能力に自信がある学生B。1ヶ月後、どのように変わったかと言うと、、、
2人の学生はその後、、
1か月を過ぎる頃、二人の学生に変化が表れ始めた。学生Aは,授業で習った英語のフレーズを暗記し,とにかく声に出して覚えていた。授業が終わった教室を見回ると,学生Aが立ち上がって会話の練習を一人二役で演じている。
成績の良い学生Bは,語学ラボに入りヘッドフォンをつけ,英語のリスニングと発音練習を熱心にしている。耳で聞いて,その通り話す練習をしているのだ。
両学生とも英語が好きである。熱心である。二人に共通する勉強法は,声に出して英語を覚えていることである。学生Aは,英語を場面で覚えている。学生Bは,耳で英語を覚えていた。
1か月後,英語の実力判定試験をすることになった。米軍の英語試験を語学ラボでヘッドフォンをつけて受験する。日頃の学習でこの方法に慣れている学生Bは,抜群の成績を上げた。学生Aの成績は低空飛行であったが,伸び率は最高だった。
長年英語を学習してきた学生Bとの実力の差は歴然としていたが,学生Aは,「点数の伸び率がクラスで最高だった!」と嬉しそうな顔をした。
「教官,英語を話すのはかっこいいです!」と語る学生Aの目はきらきらと輝いていた。
英語がどんどんうまくなるタイプと成績が上がるタイプ
「英語が話せるとカッコいい!」と感じて学習している学生は,実は,上達が非常に早い。話す英語よりも、「見せる英語」です。
常に他人を意識しているためか、急速に英語が使えるようになっていきます。英語を話していることが「かっこいい!」と感じることで、英語学習に対するモチベーションが上がるようです。
一方,学生Bのような優等生タイプは,「英語を話せるようになりたい」という強い願望があります。それがモチベーションです。人に見せる英語でも,英語の実力を自慢することでもありません。
英語をマスターするために,一所懸命に勉強する。ひたすら暗記する。大変なプレッシャーです。それに堪えて,英語の学習を続ければ,成績は必ずあがります。ただ英語が使えるようになるかというと、そうではありません。
話す練習が疎かになるからです。暗記中心の勉強法の欠点です。実はこの話には続きがあって、優等生の学生Bは,その後,学生Aと仲良くなり,暇があれば二人で,英語で話をするようになりました。
身の回りの様々なことを英語で話し合うようになり、優等生の学生Bは,トップの成績を維持しつつ,恥ずかしさが無くなったように英語をぺらぺらと話すようになりました。学生Aは,学生Bのすすめで語学ラボのリスニング訓練を取り入れました。
その結果,学生Aは,成績の伸び率クラスでトップを維持し,成績は低空飛行からトップクラスにランクアップ!学校の英語弁論大会にも優秀な成績を上げ,英語ペラペラぶりを誇示したのです。
「英語を話すために勉強する」より,「英語を話すのはかっこいい」という考え方,英語学習の参考になると思います。
執筆家・英語教育・生涯教育実践者
大学から防衛庁・自衛隊に入隊。10年間のサバイバル訓練から人間の生について考え、平和的な生き方を模索し離職を決断する。時を同じくして米国国費留学候補者に選考され、留学を決意。米国陸軍大学機関留学後、平和を構築するのは、戦いを挑むことではなく、平和を希求することから始まると考えなおす。多くの人との交流から、「学習することによって人は成長し、新たなことにチャレンジする機会を与えられること」を実感する。
「人生に失敗はなく、すべてのことには意味があり導かれていく」を信念として、執筆活動を継続している。防衛省関連紙の英会話連載は、1994年1月から掲載を開始し、タモリのトリビアの泉に取り上げられ話題となる。月刊誌には英会話及び米軍情報を掲載し、今年で35年になる。学びによる成長を信念として、生涯学習を実践し、在隊中に放送大学大学院入学し、「防衛省・自衛隊の援護支援態勢についてー米・英・独・仏・韓国陸軍との比較―」で修士号を取得、優秀論文として認められ、それが縁で定年退官後、大規模大学本部キャリアセンターに再就職する。
修士論文で提案した教育の多様化と個人の尊重との考えから、選抜された学生に対してのキャリア教育、アカデミック・アドバイジングを通じて、キャリアセンターに新機軸の支援態勢を作り上げ、国家公務員総合職・地方上級職、公立学校教員合格率を引き上げ高く評価される。特に学生の個性を尊重した親身のアドバイスには、学部からの要求が高く、就職セミナーの講師、英語指導力を活かした公務員志望者TOEIC セミナーなどの講師を務めるなど、大学職員の域にとどまらぬ行動力と企画力で学生支援と教員と職員の協働に新たな方向性をしめした。
生涯教育の実践者として、2020年3月まで東京大学大学院教育研究科大学経営・政策コース博士課程後期に通学し、最年長学生として就学した。博士論文「米軍大学における高等教育制度について」(仮題)を鋭意執筆中である。
ワインをこよなく愛し、コレクターでもある。無農薬・有機栽培・天日干し玄米を中心に、アワ、ヒエ、キビ、黒米、ハト麦、そばを配合した玄米食を中心にした健康管理により、痛風及び高脂質血症を克服し、さらに米軍式のフィットネストレーニング(米陸軍のフィットネストレーナの有資格者)で筋力と体形を維持している。趣味はクラッシック音楽及びバレエ鑑賞。
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