こんにちは
NYのKayoです。
外国人に、日本の校則は軍隊みたい、と言われる、、、そんな話を聞くと少し大げさに感じますが、日米を比べてみても、確かにまず出発点がまったく違うのかな、と気づかされます。
アメリカではまず私服のジーンズなどで思いっきり個性を表現しますし、ヘアスタイルもショートヘアからロングまで、生まれつきのカーリーヘアもあり。また髪の色も、千差万別。
アクセサリー類やヘアクリップなども、思いっきり各自、個性を出しています。
かたや日本の校則で特に象徴的なのが
「黒髪でなくてはいけない」
というルール。
日本人は黒髪が当たり前、なんていう江戸時代(?)の考え方がまだあるのでしょうか。髪が黒いストレートヘアでないと、学校の校則において地毛証明を求められることがある、なんて聞けば、海外の人々が驚くのも無理はありません。
そして、長めであれば2つに分けたお下げ髪にする等、細かいルールが、未だに色々とあったりするらしいですね。
日本の学校は、社会の練習の場
こうした学校のルールの厳しさの背景には、日本独特の教育観があるのだそうな。学校は単に知識を学ぶ場所ではなく、「社会で協調して生きるため」の訓練の場。
みんなが同じ服を着て、同じ規律を守り、集団の中で調和する力を身につけることが大切、と考えられているようです。この発想を制度面から支えてきたのが文部科学省のようで、学校生活そのものが教育の一部、という考え方が長く根付いているのですね。
アメリカは、学校は学ぶ場所
一方、アメリカ合衆国では事情がかなり異なります。
学校の役割は基本的に学習だけ。髪型や服装は個人の自由に属するものとされ、個性を表現することが尊重されます。
社会性は、家庭や地域で身につけるもの、という発想が強いみたいです。
つまり両国の違いは、ルールの厳しさではなく「教育とは何か」という定義そのものにあるのですね。ここのところ、とても興味深いと思いました。
日本の制服文化と外からの視線
最近、日本人女性の私が見ていても気になるのが、女子高生の制服スカートの短さです。
かなり大胆なミニスカですが、本人たちにとっては仲間との一体感や、流行の表現なのでしょうか。アニメに登場するような、「カワイイ」主人公の感覚なのでしょうか。
これが、海外から見るとかなり目立つ存在で、海外からの観光客が興味本位で写真を撮っている場面を見かけることもあります。
YouTubeでも、日本のそんなティーンエイジャーが話題になっていることを聞けば、どうしても他人事とは思えません。
というのも、欧米諸国の多くでは、短いスカートは、プロフェッショナルの女性がはくことが多いからです。
内側の感覚と外側の視線のあいだには、思いのほか大きな差があるようです。
校則は社会の価値観を映す鏡
こうして見ていくと、校則は単なる学校ルールではなく、その社会が、子どもに何を求めているかを映し出すシステムのようにも思えてきます。
「統一を通して秩序を育てるのか」
「自由を通して個性を伸ばすのか」
どちらも、それぞれの社会が長い時間をかけて、選び取ってきた方法なのでしょうけれど。
違いを知ると見え方が変わる
外国人が日本の校則を不思議に感じるのは当然ですし、日本人がアメリカの自由さに驚くのも同じこと。
けれど比べてみると、どちらも合理性を持った、大人が考える「社会の設計思想」なのだとわかります。
校則の違いは奇妙な文化差というよりも、それぞれの社会が理想とする人間像の違い、、、そう考えると、校則もまた、その国の未来像を映しているのかもしれませんね。
大人が決めたルールに青少年は従うわけですから、私たち大人がしっかりと未来を見つめなくては、と思います。
それではまた次回♫
Kayo
平木かよ / Kayo Hiraki
ニューヨーク在住 2017年より、世界屈指の米国グラミー賞の投票権を持つ。同じく米国スタインウェイ・ピアノ公認アーティスト。現在、グリニッジ・ビレッジのジャズの老舗「Arturo’s」のハウス・ピアニストとして、週に5日、自己のトリオで演奏活動を続けて26年目。ニューヨーカーに、スイングの楽しさを届けている。ベースの巨匠、ロン・カーターとのトリオで、ブルーノート・NYへも出演。JALの国際線機内誌でも、海外で活躍する日本人として大きく取り上げられた。また、舞台「ヴィラ・グランデ青山」では山田優がジャズシンガーに扮するシーンでの、ミスティーのピアノ伴奏。カナダ・トロント・リールハート国際映画祭でブロンズメダルを受賞した映画「Birth Day」への挿入曲提供と共に、ピアニスト役で出演。フランス・パリ日本文化会館での館長招聘コンサートや、台湾にて、最大規模を誇る、台中ジャズフェスティバルへの出場など、世界を股にかけるスイング感あふれる彼女のピアノとボーカルには、定評がある。定期的に、くにたち音楽大学ジャズ専修で講義を持つ。

