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ジャズ・ヒストリー #5

World Lifeな生活
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前回 #4(1960年ー1980年)
より自由な奏法を求めてフリージャズが、またその後、クロスオーバー、ジャズフュージョンと言われるジャンルが広がりをみせてきました。日本では、ジャズフュージョンをとてもポピュラーにしてくれた、渡辺貞夫さんや日野皓正さんの、資生堂や、サントリーウィスキーのCMが懐かしいところですが・・・かなり昔のお話なのでご存知ない方多いですよね・・・haha

さて今回は、

#5『コンテンポラリージャズ1980-2000』

世界で広がりをみせてきた、ジャズ・フュージョンですが、演奏の環境として、シンセサイザーやリズムマシン、サンプラーや数々のエフェクターなどを使い始めた為、小さなライブハウスなどでは演奏がしにくくななり、広いスペースも必要になってきました。
また、サウンドシステムなどの機材も、普通のジャズクラブにあるものでは間に合わなくなり、演奏する場はだんだんと大きくなっていきました。



そんな環境の中、音楽の中身については、ロックやファンクとジャズの融合などを試みていたミュージシャンたちが、今度はアコースティック音楽との融合にも興味を持ち出すようになります。クラシックとうまく融合させた、ラリー・コリエル(ギター)や、ドミニカのラテン音楽と混ぜ合わせたミシェル・カミロ(ピアノ)、などオススメですので、是非一度聞いてみてください。



もうその頃になると、「ジャズ」とは一言では言えない位、いろいろな感じの音楽がどんどん生まれました。

ジャズからは少し話が逸れますが、当時イギリスではロック等、ジャズ以外のミュージシャンが、ジャズをお洒落に取り入れてジャージーに演奏する、スティングや、シャーデーなどが、大きなヒットとなっていました。
またアメリカでも、ポップスをジャズアレンジすることですごく売れる、という現象も多く見られました。



そんな流れからか、サックスのソニーロリンズが、ローリングストーンズのアルバムに参加したり、ベースのロン・カーターがヒップホップのアルバムに参加したりもしていました。この頃の大ヒットを生んだ、ハリー・コニックJr、ダイアナ・クラール、カサンドラ・ウィルソンなどは、ご存知の方も多いかもしれませんね。

そしてこの1980年、ニューヨークジャズ界に大きな変革が起こります!
その変革の元となる、トランペットのすごい男が、ニューオリンズからニューヨークへやってきました!

ジャズピア二ストのレジェンド、エリス・マルサリスを父に、またサックスのブランフォード・マルサリス(スティングの「Englishman in New York」でスターダムにのし上がる)を兄に持ち、若干19歳にして、アートブレーキーのバンドや、ハービー・ハンコックのツアーにも参加した

「正統派ジャズミュージシャン」
ウィントン・マルサリスの登場です☆



彼はこの時一気に、ニューヨークのジャズシーンを揺り戻しにかかります。
「ちゃんとしたジャズを」「ジャズの原点に」「ニューオリンズの底力で」そんな思いを強く持ち続け・・・。

そしてこの年に作った自身のアルバムが、なんとグラミー賞を受賞します。(この後8回グラミーを受賞していきます。)
この、若くても見事に熟した感性とテクニックを持つ、ウィントン・マルサリスの影響を受け、アメリカ内外の若手ジャズミュージシャンたちが、一気に懐かしの4ビートを演奏し始めることとなり、またそれに中堅ミュージシャンたちもどんどん巻き込まれていくのです・・・・。

・・・その後、
ニューヨークの目抜き通りとセントラル・パークに隣接する、コロンバスサークルにできた超高層ビル、「タイム・ワーナー・センター」の中に、見事な「Jazz at Lincoln Center 」ができます。
ここには”ライブハウス風のジャズ”、”クラブ風のジャズ”、そして”コンサートホールジャズ”と、3つの大きなジャズスペースがあるのですが、その音楽プロデューサーが、このウィントン・マルサリスなのです。
ここには、幼児や子供のためのジャズクラスもあり、今や彼は、ニューヨークそしてアメリカのジャズを背負って立っていると言っても過言ではないでしょう。
当時から今も尚、ウィントン・マルサリスの益々の活躍が、期待されています。


さあ次回は、いよいよ21世紀、ミレニアムです。
どんどん新しく芽生えていくジャズに乞うご期待♫

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