こんにちは
NYのKayoです。
日本には「もったいないお化け」が住んでいる、なんて言われることがありますよね。
なかなかもったいなくてモノが捨てられず、デパートの包み紙さえ綺麗に畳んで取っておく……そんな経験、誰にでもありそうな。
モノがない時代を乗り越えてきた歴史や、ひとつひとつの品に魂が宿ると考える心優しい文化が、私たちの手元のモノを大切に残させているのかもしれません。けれど、この「大切にする心」が、実は経済の仕組みから見ると、ちょっと違った一面を持っているのではないか、と思い当たりまして。
一生モノ、共に暮らす日本の道具たち
先日、とても興味深いアメリカのYouTube動画を見つけました。
日本で、一度購入すれば「生涯使えるもの」として、お箸や漆塗りの椀、土鍋、鉄瓶、まな板、包丁などが、英語で次々と紹介されていたのです。
目から鱗、たしかにそうです。
包丁は研ぎ直せば切れ味が戻り、木のまな板も表面をカンナで削ればまた新品のように生まれ変わります。手入れをしながら一生大切に使い続ける文化は、素材の良さと職人さんの技術の結晶であり、世界に誇るべき素晴らしい価値観です。
モノを慈しみ、命を吹き込み直しながら暮らす姿勢には、日本の深い伝統を感じずにはいられません。
壊れては買い替えるアメリカの消費文化
一方で、私が暮らすアメリカの日常は、これとは大きく異なります。
最初は、電化製品や日用品が驚くほどあっさりと壊れてしまうことに本当に驚きました。何も乱暴に使っていないのに、コーヒーメーカーも電気ポットもあっという間に電源が入らなくなり、包丁の切れ味はすぐに落ち、ノンスティックのフライパンも気づけばダメになっている……。
今まで何度フライパンを買い替えたか分かりません。掃除機も、割とすぐ壊れたし、そう言えばクーラーも何台買ったことやら。映らなくなった壁掛けテレビが修理不可能と言われた時は本当に愕然として、日本のソニーだったら絶対壊れないのに~、って思いました。
アメリカのサラダドレッシングは、瓶の口のところに何もついていなくて、サラダにかけようとすると、直径3センチ位ある瓶の口から、いきなりドバッとドレッシングが出るのです。
なので、すぐなくなります。で、すぐ買いに行きます。(笑)
プラスチック製品に囲まれ、何でもポイポイと捨てては新しいものを買うこの国のスタイルを見て、「こうして買い替えが繰り返されることで、消費が生まれ、経済が回っていくのだな」と深く実感させられます。
「一生モノ」の素晴らしさと経済の難しい関係
一方で、経済の仕組みだけを考えると、この「大切に使い続ける文化」は、消費という面ではどうなんだろう、とふと思ったのです。
一度買った高品質な道具を、数十年、あるいは生涯にわたって愛用し続ければ、当然新しいモノを買う頻度は減り、市場でお金が循環しにくくなります。経済の仕組みだけで言えば、次々に買って捨ててもらう方が活性化する、というのは、なんだか少し切ないけれど、これが現実みたいです。
手厚い職人技と物を愛する心が、消費という面では経済の回転を静かにさせているとしたら、それはとても大切なことながらも、もどかしい矛盾のように思えます。
文化の美しさを胸に、私たちができること
もちろん、だからといって「使い捨ての文化に合わせるべき」などと言いたいわけではありません。
使い捨て文化の裏には膨大なゴミの問題もありますし、日本の「ひとつのモノを長く大切にする」文化は、世界が今まさに目指そうとしている持続可能な暮らし、そのものですよね。
ただ、私たちが誇るこの素晴らしい価値観が、消費という面では経済の回転を少しゆっくりさせることもあるのかもしれない、という背景を知っておくことも、大切なのかもしれません。
素晴らしい技術とモノを大切にする心を守りながら、どのように豊かな未来へつないでいくのか。手元にあるお気に入りのツールを見ながら、そんなことも、少し考えてみたくなりました。
それではまた次回♫
Kayo

