米陸軍大学のアカデミーに留学している時,日系の陸軍大佐から
「お前の英語は英語らしい英語だ!」
そんなニュアンスのことを言われたことがある。
英語らしい英語とはどういうことか、
そこには、アメリカ人の英語の発音に対しての文化と深い考え方があった。
日系の陸軍大佐,正確に言えば退役した陸軍大佐は,私の留学期間中,ホストファミリーとなってくれた恩人である。奥様は,日本人で大恋愛の末結婚され、仲睦まじいご夫婦だった。
毎週土曜日になるとお宅にお邪魔し,奥様の手料理をいただきながら色々と相談に乗ってもらった。
アメリカ軍人の考え方やコミュニケーションの取り方から,機微な人間関係まで教えていただいた。
留学も中盤を迎えて,大学の授業も国家レベルでの戦略を討論する。その中で,‟adversary”(敵)という言葉を良く使うようになった。カタカナで書くと「アドバーサリー」となる。
英英辞書で引いて,発音記号をチェックしても、大方カタカナ表記に近い発音になる。日本製の電子辞書の発音を聞いても,「アドバーサリー」と聞こえた。
アクセントが「ア」にあることを注意すれば,そんなに難しい発音ではない。しかし,クラスメートの発音を聞くと,全く聞き取れず重要な単語であるが,聞き落とすこともあった。
そんなことを,大佐に相談していた時に,「確かに,君は英語を話しているよ! ただ、、、」と言われたのである。自分の話す英語に,なにか重大な欠陥でもあるのだろうか?不安がよぎった!
<アメリカ人の英語は,自分流のアクセントだ!>
大佐は,続けた。アメリカ人の英語の発音は,言ってみれば癖(アクセント)がある。言語学者のような話し方はしない。自分が発音しやすいように発音を変えていく。自分流のアクセントなのだ。
大佐によれば,アメリカ人は考え方が自由であるので,話し方も個性を大切にする。話し方が個性的というのは,その人が話しやすいように発音することだ。時には間違った発音もある。
Adversaryが単独では,「アドヴァーサリー」と発音したとしても,会話の中では,「アヴァスリー」と音が落ちていく。場合によっては,「アッスリー」と聞こえるかもしれない。
アドバーサリーの発音が,決して間違っているのではなく,大佐は、
”I said, you are speaking English”
「言ってみれば、お前の英語が英語らしい」
と言っていたのである。
ある英単語の発音が便利で話しやすいとなれば,その発音が仲間に広まっていく。生活するコミュニティの中で通じる英語となって残っていく,「それが言葉(language)だ!」と説明してくれた。
大きく言えば,多数のアメリカ人が話す英語が地域に広がり,更に全国的に広がる場合もある。
便利で話しやすい英語は広まりやすく,定着しやすい。そうやって言語は変化していくものらしい。
NHKの話す日本語が,標準語ですべての日本人が標準語を話そうと思えば話せると思っていた筆者にとっては、「言葉ってそんなに柔軟で自由なもの」と目から鱗が落ちた瞬間だった。
<大佐のアメリカン・アクセント修行?>
コミュニケーションでも、アクセントが大切らしい。イギリスでは,話す言葉によって階級を表すことがあることを以前書いたが,同じように1960年代のアメリカでもWASP*の話す英語が上流階級を表すこともあった。
*White Anglo-Saxon Protestant(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)
大佐が大学進学の際、米陸軍の奨学金制度(ROTC)を利用した。ROTCは、Reserve Officer Training Corps(予備役将校訓練団)で,米国内の名門大学に設置されていた軍の組織である。
一言で言えば,軍の大学生奨学金制度だ。日本の奨学金制度とは違い、予備役の兵士として入隊し,軍事訓練を受けながら大学に通学し、卒業後は陸軍の将校となる制度だ。
その訓練団が大学に設置されているのである。当時、カリフォルニア大学のバークレー校に留学していた日本人留学生は、この制度へ勧誘を受けたそうだ。
大学を卒業し米陸軍に入隊した頃、ほとんど白人の男性将校だったそうだ。 少尉だった同大佐は,バリバリのジャパニーズ・アクセントを話していた。
大佐のモットーは、「リーダシップはコミュニケーション能力」が非常に重要であるということ。大佐は日系であるので,アメリカン・アクセントではなくジャパニーズ・アクセントである。
階級制度のしっかりした社会では,少数派は強い勢力に迎合するのが一番摩擦の少ない方法だ。コミュニケーションをとるためには,白人の上司の英語を真似することが大切だと思ったそうだ。
つまり,自分のジャパニーズ・アクセントを白人上司の話すアメリカン・アクセントにする練習をしたのだ。それによって,白人の上司とコミュニケーションを取り,仲間と認めてもらうということ。
Swatchは、英語のネイティヴであっても、英語の話し方の訓練をすることを良く話題にするが、大佐もその一人で、軍の中のコミュニケーションのために,白人の英語を覚えた。
軍には、専門用語(term:ターム)やジャーゴン(jargon)と呼ばれる特殊用語がある。大佐は、それらを一つ一つチェックし、マスターし,言葉とともに白人の文化を吸収していった。
そういう「修行」で,大佐は,軍におけるアメリカン・アクセントをマスターしたのである。
<言葉の進化は,その人の個性となる>
大佐とこの話をしたのは2000年の話。音声識別技術がまだまだの頃。新しいIT技術が大好きな大佐は,パソコンに音声入力のプログラムをインストールし、キーボードからの脱却を図っていた。
昼食後に大佐は自分のPCに向かい、マイクとヘッドフォンを用意し、英語の原稿を読み上げ始めた。PCの画面には、英文が次々に音声に反応しタイプアウトされる。
正しいスペリングにならない英単語もある。”Oh,,,,,,,No!○○○○!”と大佐はいらだつ。
そういった場合には、英文を繰り返し、正しく表記されるまで繰り返すことが必要だ。
そういった説明をしながら、大佐が一言。「このPCが、それぞれのアメリカ人の英語を認識するのには、原稿用紙10枚分の音声の吹込みが必要だ!」と嘆いた。
大佐は,私にヘッドフォン・マイクを突き出し,やってみろと促した。日系でも日本語を話す大佐の前で英語の文章を読むのは,抵抗があったが,PCに向かった。
30秒ほど英文を読み上げると丁度、一つの段落になった。英語がタイプされていく。大佐はPCの画面をのぞきながら,言った。
“You’re actually speaking English!”
「お前の英語は,英語らしい英語だ!」
映し出された英文に,大佐のようなミススペルは少なかった。いってみれば,Swatchが,一つひとつの英単語を発音表記通りに発音した結果だった。
大佐の読み上げた英語にミススペルが多いのは,アメリカン・アクセントを話しているからだ。アメリカン・アクセントは,語句のつながりで音が変化し,音声識別が難しくなり,ミススペルが多くなる。
大佐は誇らしげに,”My English is just American Accent!” 「俺の発音は,アメリカン・アクセントだからなあ」と呟いた。
なぜ誇らしげにと言ったのかは,大佐が若い頃,白人の上司のアメリカン・アクセントをマスターするために修行をした結果,軍の上層部で使われるアメリカン・アクセントを話しているからだった。
米陸軍の将校として,英語を真剣にコミュニケーションの手段として磨いてきた大佐のプライドが見えた。
陸軍で磨かれた大佐のアメリカン・アクセントは,ある意味,特別なコミュニティでのアクセントであって,軍人の地位とカルチャーを示していた。標準語ではない。高級将校の話す英語なのだ。
アメリカ人の英語には,一人ひとりの話し方がある。個性的である。話しやすい発音や音を省略していく方法が,徐々に広まっていった。アメリカン・アクセントは、そうやって進化していった。
そう考えると、日本人の英語も実は個性!自分流であっても、相手が理解しやすい英語を話せば問題はない。相手に伝えることが大切で,その努力で、英語のコミュニケーション能力は向上する。
自分流の英語で,相手に伝わるように話す。その努力が,外国語のコミュニケーションの一番大切であり,上達のコツなのだと思う。
執筆家・英語教育・生涯教育実践者
大学から防衛庁・自衛隊に入隊。10年間のサバイバル訓練から人間の生について考え、平和的な生き方を模索し離職を決断する。時を同じくして米国国費留学候補者に選考され、留学を決意。米国陸軍大学機関留学後、平和を構築するのは、戦いを挑むことではなく、平和を希求することから始まると考えなおす。多くの人との交流から、「学習することによって人は成長し、新たなことにチャレンジする機会を与えられること」を実感する。
「人生に失敗はなく、すべてのことには意味があり導かれていく」を信念として、執筆活動を継続している。防衛省関連紙の英会話連載は、1994年1月から掲載を開始し、タモリのトリビアの泉に取り上げられ話題となる。月刊誌には英会話及び米軍情報を掲載し、今年で35年になる。学びによる成長を信念として、生涯学習を実践し、在隊中に放送大学大学院入学し、「防衛省・自衛隊の援護支援態勢についてー米・英・独・仏・韓国陸軍との比較―」で修士号を取得、優秀論文として認められ、それが縁で定年退官後、大規模大学本部キャリアセンターに再就職する。
修士論文で提案した教育の多様化と個人の尊重との考えから、選抜された学生に対してのキャリア教育、アカデミック・アドバイジングを通じて、キャリアセンターに新機軸の支援態勢を作り上げ、国家公務員総合職・地方上級職、公立学校教員合格率を引き上げ高く評価される。特に学生の個性を尊重した親身のアドバイスには、学部からの要求が高く、就職セミナーの講師、英語指導力を活かした公務員志望者TOEIC セミナーなどの講師を務めるなど、大学職員の域にとどまらぬ行動力と企画力で学生支援と教員と職員の協働に新たな方向性をしめした。
生涯教育の実践者として、2020年3月まで東京大学大学院教育研究科大学経営・政策コース博士課程後期に通学し、最年長学生として就学した。博士論文「米軍大学における高等教育制度について」(仮題)を鋭意執筆中である。
ワインをこよなく愛し、コレクターでもある。無農薬・有機栽培・天日干し玄米を中心に、アワ、ヒエ、キビ、黒米、ハト麦、そばを配合した玄米食を中心にした健康管理により、痛風及び高脂質血症を克服し、さらに米軍式のフィットネストレーニング(米陸軍のフィットネストレーナの有資格者)で筋力と体形を維持している。趣味はクラッシック音楽及びバレエ鑑賞。
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