米海兵隊司令部では,陸上自衛隊の連絡官として,数多くの経験をしました。人生がとても豊かになった感じでした。今回もそんな経験の中から,私,Swatchが英語を話す上で,非常に参考になったことをお話ししましょう。
アメリカ人は,非常に積極的で,自己主張が激しく,あまり他人のことを思いやらないというイメージがありませんか。「当たらずといえども遠からず!」“That’s pretty close!” です。
しかし,米海兵隊の中では,若い将校が自己主張をすると大変なことになるというのです。海兵隊の作戦会議の場で,若い将校が発言をします。
「私の経験では,,,,,,」
すぐさま,ほとんどの上官が彼の発言をさえぎり,こう言い放ったのです。
“Nothing!”
(意味がない!)
You’re nothing!
会議で,発言を始めた途端に,複数の上官に「意味がない!」と全否定されたら,メゲますよね。米海兵隊の将軍が私に話してくれたところでは,良くあることだそうです。何が悪いのでしょうか。
海兵隊の将校は,海軍兵学校(Naval Academy)を出て,あるいは一般大学で奨学生(ROTC:Reserve Officer Training Corps)となって大学を卒業して,将校になります。
部隊に配置になり,30人ぐらいの部下を持つようになり,作戦会議などにも参加します。そこで,発言するのですが,「私の経験では,,,」というフレーズが実は自爆する原因なのです。
「私の経験」と言うのは,3~4年というところです。海兵隊の将軍や大佐は,軍歴が30年以上の強者です。3~4年という経験は,「取るに足らない」と思っています。そのぐらいの経験をもって発言しても,それは意味をなさないということ。
未熟な経験で,作戦を決めることはできないということです。海兵隊には,「科学的根拠に基づく:based on the scientific grounds」思考が最重要視されるからなのです。
科学的根拠に基づいて思考し発言する。それこそ海兵隊将校が一番初めに学ぶリーダーの要件なのです。30人の部下の命を預かるとは,立派なリーダーになることなのです。
百戦錬磨の上官は,若い将校を徹底的に鍛え,変なプライドを打ち壊し,”I’m nothing”(自分は大したことない)者であることを,自覚させるのです。この精神教育で,若い将校は,科学的思考と部下への責任感を確実なものにしていくのです。
Absolutely !
科学的思考ができるようになると,若い将校に自信が生まれてきます。さらに,常に新しい情報を入手し,科学的根拠のある思考をもって吟味して,物事を決めるようになります。
科学的思考とは,今,ビジネスの世界でよく口にされるクリティカル・シンキング(critical thinking)も含まれており,情報を最新にするとともに,状況によっては,どのようにも柔軟に対応できるという態度も身についてきます。
そうすると,口癖のようにつぶやく言葉が身につきます。それは,
“Absolutely!”
です。
日本語にすれ「絶対的に!」ですね。将校は,確信をもって「その通りです!」と答えるようになります。
ただ,発言する将校もそれを聞く上司も,それが「絶対的に正しい」という意味で使っているのではないことは,お分かりいただけると思います。思い付きで発言はしないという科学的根拠に基づく思考法が身についたから,少し大げさな言葉にしているのです。
多くの上司から指導され,鍛えられた末に,科学的根拠に基づく思考法とクリティカル・シンキングを実践し,部下の命を守るという責任感を得た将校は,経験も5年以上を越え,自信をもって”Absolutely!” と口にするのです。
I’m humble
日々厳しい訓練を経験して,若者が成長していくのを目の当たりにするのは,清々しく自分自身の仕事にもプラスの影響を与えてくれるものです。
日増しに行動力が身についていくリーダーは,部下にとっても頼もしい存在になります。言葉使いも的確で無駄が無くなり,部下への配慮と自信に満ちた言動が見られるようになります。
その時点で,若い将校に一つの転機が訪れます。それは,海兵隊に残るか,除隊するかの選択です。その判断基準となるのが,海兵隊大学に設置されている大学院レベルの職業教育,正確には,軍事専門教育(Professional Military Education)への入学です。
ここで,再度,この言葉がよみがえってきます。I’m nothing!です。 リーダーとして責任を全うするにはどうしたらよいかという課題です。30人だった部下から300人以上を越える部隊を指揮する責任が新たな挑戦となります。
I’m nothingは,言ってみれば,初心ということになります。「初心忘るべからず」です。“Don’t forget your first resolution!” ですね。そのI’m nothing は,初心として,心の奥にあります。ベテランとなった海兵隊将校は,こんな言葉が口からついて出ます。
“I’m humble”
です。humbleは,「謙虚である」という意味ですね。日本人は謙虚の精神を重んじるといわれています。が,他人に向かって「私は,謙虚な人間です」とは言いませんね。
しかし,海兵隊員のベテランは,この言葉を非常に良く口にします。これも自己主張の一つになるのでしょうか。ネガティヴな表現に聞こえます。
多くの部下の命を預かる責任感は,自分一人で仕事をすることはできないという部下への感謝から来ているのです。その配慮が,一歩下がった立場でものを言うようになるのです。
どの社会でも同じだと思いますが,多くの部下の上に立ち,リーダーとして活躍するようになると,代表としてステージで挨拶をすることも多くなります。
ここで,また新しい言葉を口にします。海兵隊のベテランは,ステージの中央で,「私は,敬意を表されています!」というのです。
I’m Honored
honorは,名誉,栄誉,光栄といった意味で,I’m honored は,世間から信用され敬意を表されるような状況になることです。こなれた日本語で言えば「光栄です!」ということです。
これも一つの自己主張です。ただ,高飛車な,上から目線で,自分が敬意を表される人間になったと言っている訳ではありませんね。
ベテラン将校,あるいは将軍の心には,常に初心としての”I’m nothing(自分は大したものじゃない)があり,科学的根拠に基づく思考法とクリティカル・シンキングで物事の本質を追求した若い将校時代の修業時代があるということ。
さらに,多くの部下の命を預かる責任,さらにその家族の福祉についても真摯に考え,リーダーとして行動していく中で,自分の存在は,すべての人に支えられているという謙虚さ,“I’m humble”に到達するのです。
現在,自分が,リーダーとしてステージに上がることは,支えてくれた人のお陰であり,その気持ちを感謝し,それが自分にとって「光栄」そのものであるということなのです。
こういった海兵隊の素晴らしい言葉の文化を,借用しない手はありません。
“I’m honored and humble to say a word to you today!”
海兵隊員の耳には,
「本日は,私のようなものが,皆様に一言ご挨拶できますのでは,光栄とするところであり身のすくむ思いがいたします!」
と聞こえています。気持ちが伝わっていきます。
執筆家・英語教育・生涯教育実践者
大学から防衛庁・自衛隊に入隊。10年間のサバイバル訓練から人間の生について考え、平和的な生き方を模索し離職を決断する。時を同じくして米国国費留学候補者に選考され、留学を決意。米国陸軍大学機関留学後、平和を構築するのは、戦いを挑むことではなく、平和を希求することから始まると考えなおす。多くの人との交流から、「学習することによって人は成長し、新たなことにチャレンジする機会を与えられること」を実感する。
「人生に失敗はなく、すべてのことには意味があり導かれていく」を信念として、執筆活動を継続している。防衛省関連紙の英会話連載は、1994年1月から掲載を開始し、タモリのトリビアの泉に取り上げられ話題となる。月刊誌には英会話及び米軍情報を掲載し、今年で35年になる。学びによる成長を信念として、生涯学習を実践し、在隊中に放送大学大学院入学し、「防衛省・自衛隊の援護支援態勢についてー米・英・独・仏・韓国陸軍との比較―」で修士号を取得、優秀論文として認められ、それが縁で定年退官後、大規模大学本部キャリアセンターに再就職する。
修士論文で提案した教育の多様化と個人の尊重との考えから、選抜された学生に対してのキャリア教育、アカデミック・アドバイジングを通じて、キャリアセンターに新機軸の支援態勢を作り上げ、国家公務員総合職・地方上級職、公立学校教員合格率を引き上げ高く評価される。特に学生の個性を尊重した親身のアドバイスには、学部からの要求が高く、就職セミナーの講師、英語指導力を活かした公務員志望者TOEIC セミナーなどの講師を務めるなど、大学職員の域にとどまらぬ行動力と企画力で学生支援と教員と職員の協働に新たな方向性をしめした。
生涯教育の実践者として、2020年3月まで東京大学大学院教育研究科大学経営・政策コース博士課程後期に通学し、最年長学生として就学した。博士論文「米軍大学における高等教育制度について」(仮題)を鋭意執筆中である。
ワインをこよなく愛し、コレクターでもある。無農薬・有機栽培・天日干し玄米を中心に、アワ、ヒエ、キビ、黒米、ハト麦、そばを配合した玄米食を中心にした健康管理により、痛風及び高脂質血症を克服し、さらに米軍式のフィットネストレーニング(米陸軍のフィットネストレーナの有資格者)で筋力と体形を維持している。趣味はクラッシック音楽及びバレエ鑑賞。
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