こんにちは
NYのKayoです。
英語の辞書に kawaii という日本語がそのまま載っていると聞くと、なんだか少し驚きませんか?Sushi やRamen の仲間入りをしたような気分で、日本文化もなかなかやるじゃない、と思ったりします。
でも同時に、心のどこかで小さな疑問も浮かびます。
kawaii って、本当に cute / キュート と同じような意味なのでしょうか。ええと、この独特の意味合い、どんなふうに欧米人に感じられるのか?
英語の cute は、とても便利な言葉です。赤ちゃんにも子犬にも、時には大人にも使えて、あまり深い意味はありません。でも pretty / プリティ とは、少し違います。
一般に pretty は、造形が美しいものを言うようです。対して cute はユニークな可愛さ。チャーミングな。
一方で、日本語の kawaii は、もう少し複雑です。
小さい、弱い、守ってあげたくなる、ちょっと子どもっぽい。そんな空気を、言葉の中に最初から含んでいる気がします。
アメリカには伝わりにくい理由
ですから、日本文化に特別な関心のないアメリカ人には、kawaii という言葉の真意はなかなか伝わりません。実際、kawaii ファッションの写真を見て、「つまり幼稚って意味?」と言ったアメリカ人おじさんに出会ったこともあります。
また、アメリカでは普通、女性がセクシーであることが1番の魅力だと考えられています。13歳位から、モデルと同じような胸の開いたセクシーなドレスを着たがったり、メイクをしたり、ピアスを開けて大きめのジュエリーを付け、大人の女性ように見せたいと言うのが、アメリカの通常です。
また、アメリカでは、女性はもともと強い存在です。
男女同権が当たり前で、必要なら女性が銃を持って戦う社会です。映画「ターミネーター」のサラ・コナー役、リンダ・ハミルトンを思い出される方も多いのではないでしょうか。
成人した女性が、わざわざ子ども服のような、たくさんのリボンやレースのフリルが付いた格好をして、幼く見せる必要は、まずありません。その前提が違う以上、kawaii がしっくり来ないのも無理はないのかも。
日本で kawaii が育った背景
日本の文化を思い返してみると、ずいぶん長いあいだ「女性は、少し幼ないぐらいなほうが好ましい」というような価値観があった気がします。
男性中心社会が続いてきた日本では、女性はしっかりしすぎないほうがいい、賢さは控えめに、判断は誰かに委ねる。鳥のさえずりのような(いわゆるアニメのような)高めの声、少し頼りない態度、「よく分からない〜」という笑顔。こうした振る舞いは、まさに kawaii の動作版なのかもしれません。
もちろん、これは日本の女性が無知だったからではありません。むしろ逆で、とても現実的な選択だったのだと思います。正面から力を持ちにくい社会の中で、無害であること、守られる存在であることを武器にする。その知恵が少しずつ積み重なり、kawaii という美意識になった。そう考えると、この言葉はずいぶん奥が深い。
今の kawaii、そしてこれから
では、今の日本で「かわいい」と言われているものは、どんなものでしょうか。
パステルカラーの服、少し大きめの丸いメガネ、ゆるっとしたシルエット。
猫にしても、耳が折れたスコティッシュ・フォールドや足の短いマンチカンなどが大人気だそう。弱くて、よく泣いて、それでも愛らしい。
サンリオのキャラクターたちも、完璧ではなく、どこかほわっとさせる、ちょいと抜けている子が人気です。大丈夫?と言ってあげたくなる雰囲気をまとっています。
頑張りすぎていないこと、背伸びしていないこと。
そこには今も、「無害さ」や「庇護される余白」が残っています。忙しくてストレスの多い日本社会の中で、そうした余白が、ほっとする逃げ場になっているのかもしれません。
そして、今の kawaii は、必ずしも「男性にモテるため」のものではなくなっています。女の子同士で楽しむ kawaii もあれば、男性があえて演じる kawaii もあります。
弱さを隠すのではなく、分かった上で見せる。その選択を自分でしている感じが、以前よりずっとはっきりして来たようです。
今日も世界のどこかで、「That’s so kawaii!」(めっちゃカワイイ💖) という声が聞こえています。
その言葉の奥にある、日本の長い歴史とその変遷に、英語を使う国々の人たちにも、ほんの少しだけ思いを馳せてもらえたら、kawaii という言葉も、きっと照れながら喜んでいる気がします。
それではまた次回♫
Kayo
平木かよ / Kayo Hiraki
ニューヨーク在住 2017年より、世界屈指の米国グラミー賞の投票権を持つ。同じく米国スタインウェイ・ピアノ公認アーティスト。現在、グリニッジ・ビレッジのジャズの老舗「Arturo’s」のハウス・ピアニストとして、週に5日、自己のトリオで演奏活動を続けて26年目。ニューヨーカーに、スイングの楽しさを届けている。ベースの巨匠、ロン・カーターとのトリオで、ブルーノート・NYへも出演。JALの国際線機内誌でも、海外で活躍する日本人として大きく取り上げられた。また、舞台「ヴィラ・グランデ青山」では山田優がジャズシンガーに扮するシーンでの、ミスティーのピアノ伴奏。カナダ・トロント・リールハート国際映画祭でブロンズメダルを受賞した映画「Birth Day」への挿入曲提供と共に、ピアニスト役で出演。フランス・パリ日本文化会館での館長招聘コンサートや、台湾にて、最大規模を誇る、台中ジャズフェスティバルへの出場など、世界を股にかけるスイング感あふれる彼女のピアノとボーカルには、定評がある。定期的に、くにたち音楽大学ジャズ専修で講義を持つ。

