前回ワールドツアー 回想録#3「キューバ」その1では、キューバ音楽について等お話をしておりましたが、今回は、いよいよキューバに着いてからの様子をお伝えします。
クラシックカーが走る街
常夏のカリブ海に浮かぶ島、キューバのハバナ空港に降り立った私は、まずむっとした蒸し熱い空気、強い風と砂を感じました。そして空港を出てすぐ目に焼きついたのは、1940年、50年代の、ハイカラなアメリカのクラシックカーたち。
前回少し書きましたが、アメリカとの国交も50年以上なかったように経済制裁を加えられていて、日本みたいに自由に世界の国々の新車を輸入などできないからです。丁寧に手入れされたアメリカ50年代のクラシックカーたちはしっかり現役で普通に街を走り回っていて、こちらがふっとタイムスリップしたような感じさえしました。
2015年にオバマ大統領がアメリカ合衆国との国交を一時回復しましたが、再び自由貿易が始まれば、このアメリカのクラシックカーたちがいなくなってしまうかもしれない、と心配したマニアがいるのも頷けます。
ホテルもキューバ国営
空港へ、現地スタッフさんたちと出迎えてくれたのは、当時キューバに旅行会社を持っていたクミコさん。ニューヨークのミュージシャン仲間のツテだったのですが、本当にお世話になりました。とうのも、あの頃は、日本人といえども、キューバ国内にちゃんとした身元引受人がいないとキューバには入れなかったのです。
余談ですが、ホテルなどの観光業はすべてキューバ国営。なのでサービスにはあまり定評がなく、そんな国営ホテルよりも、市街地に空き部屋を持っている人たちがヤミで観光客に部屋を貸し出し(Airbnb や日本の民泊のような感じ)している宿の方が、法律違反ながら、観光客からずいぶんと収益を上げていたらしいです。
そんな状況もあって、国の許可を取っている旅行会社が、しっかりと身元引き受け人になった場合のみ、観光客が入国を許可される、というわけでした。
首都ハバナはスペインの面影
さてキューバの首都ハバナ、1日目。クミコさんのガイドでオールドハバナに連れて行ってもらいました。旧市街地です。世界遺産の石畳の見事な、素敵なヨーロッパ風の街並み。
そして、ハバナで一番有名な通り、マレコン通り。海に沿って遊歩道があり、地元の人が散歩していたり、演奏したり、釣りをしていたりするキューバ市民の憩いの場。
なのですが、残念ながらこの時は、ザブンザブンと、高波がこの道路を洗っていました。
大西洋に面していて、ここからは200kmも離れていないアメリカ合衆国のフロリダ州キーウエストがすぐ目の前です。アメリカと国交がない間も、ボートでフロリダにうまく流れ着けばそこでアメリカの市民権がもらえたそうです。
当時アメリカは、共産国であるキューバからの亡命を、とても歓迎したためです。
しかしながら海の藻屑と消える大勢の乗ったボートも、数多かったと聞いています。命をかけても自由の国アメリカへ脱出したいと思う人々の気持ち。この時ほど、私は日本に生まれて運がよかった・・・と思った事はありません。
このハバナ旧市街には歴史があります。18世紀に建てられたこのカテドラル。まるで一瞬スペインを訪れたかのような気がしました。
それもそのはず、15世紀後半、大航海時代にカリブ海に浮かぶ美しい島キューバがスペイン人に発見されて以来、善良なこのキューバの人々は、スペインの支配下に置かれ、19世紀後半のアメリカの援助による独立戦争で勝つまで、スペインの植民地だったのです。なので今でも、公用語はスペイン語です。
プロのミュージシャンは国家公務員!
そして、町中のレストラン、カフェ、ホテル、広場には、プロフェッショナルのミュージシャンたちの演奏が1日中溢れているのです!どのバンドもお揃いのコスチュームで、あらゆるジャンルのバンドが演奏しています。
ス ペイン風の音楽、タンゴっぽいもの、ラテン、クラシック、サルサ風、ポップス、エトセトラ。これらのキューバ音楽はアレンジもとてもよくできていて、アンサンブルに重きが置かれていました。
どの演奏者も歌が上手く、ハーモニーがとてもきれいに付けてあり、レベルの非常に高い演奏でした。聞くところによると、この演奏家たちは、国の費用で、非常にレベルの高いキューバの国立音楽大学を卒業した、国家公務員だと言うのですから驚きです。
ハイレベルのミュージシャンだけが、この仕事につけるというのですから、なるほどこの音楽家たちのレベルの高さが窺えます。それを、モヒートを飲みながら堪能できる、なんて素敵な町でしょう。
キューバンカクテル「モヒート」
ここで「モヒート」という、キューバンカクテルもご紹介しておきましょう!最近地産地消という言葉が日本のあちこちでよく聞かれますが、モヒートはまさに地産地消のキューバンドリンクです。
この島で獲れるミントの葉をたっぷり潰していい香りを出し、グラスいっぱいの氷を加え、そこにキューバ名産のサトウキビから作ったホワイトラムとシュガーを加え、炭酸水で割り、最後にフレッシュライムをキュッとしぼったもの。これをロンググラスで、ストローでいただきます。灼熱の太陽の下、これを味わいながら、潮の香りを楽しみながらの音楽三昧は、まるで天国のようでした
天国から地獄!
天国と言えば、ヒョエ!って、地獄みたいなことで笑っちゃったこともありました。日が暮れると、街の中は街灯がないので真っ暗になります。これにはすっかり油断していて、レストランを出たら日が暮れていて、江戸時代の夜(?)ぐらいの感じになっていて、思いっきりびびりました、、、
そして、泊めてもらったアパートで髪を洗っていたら、いきなりお湯が止まり、まさにヒョエ!って!まだシャンプーだらけだったので、やむを得ず水で洗って事なきを得ましたが、その日は結構寒く、まさにモヒート天国からの冷水地獄・・・風邪をひくかと思いました。
今となっては笑い話ですが。
地元の人たちの生活
通常、路線バスは3時間ぐらい待つそうです。それでも来ない日もあるとか。私は自転車を貸してもらえたので、何とかそれを交通手段にしました。
食事は、贅沢なものはありません。ポークサンドを食べた時、肉に毛が生えていたのを今でも覚えています・・・。
普通の家では、バナナや石鹸などの洗浄衛生品が政府からの配給されるのですが、質が良くないようでした。そこで、アメリカドルがあれば、闇のアメリカからのナイスなシャンプーとかが買えるので、地元の人たちはアメリカドルを欲しがっていました。平和な国日本で育った私には、色々とセンセーショナルな体験でしたが、いろいろ考えることもあり、良い勉強をさせてもらいました。
旅の終わりに
旅の途中から、ちょうど日本から来ていたキューバのガイドブックの編集者さんをご紹介いただき、その方のコネでコイーバ(葉巻の銘柄)の工場の見学やレセプション、珍しいうさぎ料理のレストランや、ヘミングウェイの家と、彼が常連だったカフェと、音楽以外にも少し観光もでき、ラッキーでした。
色々な思いが交錯したキューバの旅でしたが、あれから20年。ハバナはどんな街になっているでしょうか。ブエナビスタの面々がレコーディングしたスタジオとか、どうなったかなぁ。このパンデミックが終わって、また行けるチャンスがあれば行ってみたいと思います。
Kayo
平木かよ / Kayo Hiraki
ニューヨーク在住 2017年より、世界屈指の米国グラミー賞の投票権を持つ。同じく米国スタインウェイ・ピアノ公認アーティスト。現在、グリニッジ・ビレッジのジャズの老舗「Arturo’s」のハウス・ピアニストとして、週に5日、自己のトリオで演奏活動を続けて26年目。ニューヨーカーに、スイングの楽しさを届けている。ベースの巨匠、ロン・カーターとのトリオで、ブルーノート・NYへも出演。JALの国際線機内誌でも、海外で活躍する日本人として大きく取り上げられた。また、舞台「ヴィラ・グランデ青山」では山田優がジャズシンガーに扮するシーンでの、ミスティーのピアノ伴奏。カナダ・トロント・リールハート国際映画祭でブロンズメダルを受賞した映画「Birth Day」への挿入曲提供と共に、ピアニスト役で出演。フランス・パリ日本文化会館での館長招聘コンサートや、台湾にて、最大規模を誇る、台中ジャズフェスティバルへの出場など、世界を股にかけるスイング感あふれる彼女のピアノとボーカルには、定評がある。定期的に、くにたち音楽大学ジャズ専修で講義を持つ。