Hey!guys.
Swatchです。
米海兵隊の連絡官として、沖縄の米海兵隊司令部に勤務していた当時、米軍の司令官交代式に出席することが重要な仕事でした。
晴天ならば、海兵隊基地内のグランドに、海兵隊員が整列し、交代式をにぎにぎしく挙行するのです。
式典の最初に、日米両国の国歌が歌われます。海兵隊の音楽隊の伴奏で、その日のために選ばれた歌い手が登場して、国歌を歌いあげます。
その日、アメリカ国歌がはじまった時、マイクの音声が途切れ、歌声が聞こえなくなりました。
観客席がざわめきました。
<国歌を歌うアメリカ、歌わない日本?!>
一瞬、ざわめいた観客席から、国歌を歌う人が、一人二人と増えていきました。間もなく、アメリカ国歌の大合唱になり、式典は最初のマイクのトラブルから一転、観客と海兵隊員が一体となった臨場感のある行事に変わりました。
海兵隊司令官の交代式で、マイクの故障により、観客が国歌を大合唱するという場を目の当たりにしたことは、新鮮な驚きでした。Swatch自身も、次の機会には、進んで大声で国歌を歌おうと心に決めました。
ほどなく、他の司令官交代式で、同じようなことが起きました。君が代の途中で、マイクが切れたのです。
Swatchは、ここだ!という感じで、国歌を大声で歌いだしました。私が最初に歌えば、日本人の参列者も合唱してくれるだろうという確信がありました。
「千代に八千代に~」と高音を出すところで、会場にはSwatchの歌声だけが響いていました。遠くに国歌独唱者の女性の歌声が小さく聞こえます。「あれ?」と感じたものの、最後まで、少し音声を下げ、国歌を歌い切りました。
ちなみにSwatchは、高校時代に合唱部の部長を務めていたので、歌を歌うことは好きです。防衛省・自衛隊に入隊後も、国歌をなんども歌ってきました。大切な行事で歌われる国歌は、自分の気持ちを整理し、高めることに大きな役割を果たしてくれています。
引き続きアメリカ国歌、“The Star-Spangled Banner”が始まった際、最初から参列者や観衆が地鳴りのような大合唱を始めたときには、「なんという違いか」と強い衝撃を受けました。
国歌が終わった後、式典会場には、大歓声が上がりました。
<なぜ国歌を大合唱するのか?!>
なぜアメリカ人は、あのトラブル時にあそこまで一体となって国歌を大合唱できるのでしょうか。
アメリカは、独立を自らの手で勝ち取ってきた歴史を持ちます。国歌の歌詞も戦闘の状況が生々しく描かれ、最後は国を守った人々(“the Brave”=勇者、英雄)がいたからこそ今がある、という国民の強い誇りで締めくくられます。
「自分たちの自由と権利は、自分たちで守る」という当事者意識が国歌と深く結びついているからこそ、マイクが切れた瞬間に「自分が歌って支えるんだ」という行動に自然と繋がるのです。
一方、戦後の日本においては、これとは対照的な歩みをしてきました。
戦後の歴史的経緯から、自国を自分たちの力で守るという意識が薄れ、どこか「愛国心」や「国家への帰属意識」を公に表現することに対して、気恥ずかしさを抱く風潮が少なからず存在してきました。
その結果、国歌「君が代」もどこか日常生活から遠ざけられてしまった経緯があります。
<国際常識からのずれ>
しかし、世界を見渡せば「自国を守るために一人ひとりが主体性を持つこと」は、ごく自然な歴史観であり、世界のスタンダード(国際常識)です。
その点、これまでの日本の国歌に対する一歩引いた姿勢は、世界の感覚から見ると、少し「ずれている」と言えるかもしれません。
ただ最近は、海外で活躍するスポーツ選手や観客が、誇りをもって国歌を歌う場面が増えています。厳しい国際舞台で戦うからこそ、自分たちを支えてくれる「日本」という国へのリスペクトを自然と認識し、表現できるようになってきているのだと思います。
<国歌斉唱で立ち上がるのは、座っていると歌いにくいから?>
自衛隊においては、公式な行事の初めに国歌斉唱されることが多くあります。
その際、英語のアナウンスでは、少し強制的に聞こえる“Stand up, please!”ではなく、“Please, rise!”と表現されます。
国歌斉唱の時に立ち上がるのは、座っていると歌いにくいからではなく、国家やその文化に対して「Respect(敬意)」を表すためです。
「protocol / プロトコール(国際儀礼)」においても、直立して背筋を伸ばすことで、相手に最高の敬意を示すことができます。
ですから、ただ立ち上がるだけでなく、出来るだけ足をそろえ、まっすぐに立ってみてください。
両腕を体側につけて「気を付け」の形を保つことは、我が国の国歌はもちろん、その後に演奏される外国の国歌に対しても等しく敬意を表していることになり、相手国からも深く感謝され、一目置かれます。逆に、手を組んだり、髪の毛を触ったり、ガムをかんだりするのは、国際常識としてはタブーです。
国際ビジネスや旅行など、海外の方と交流する機会が増える現代だからこそ、一度、まっすぐと背筋を伸ばして国歌と向き合ってみてください。
他国の文化をリスペクトし、同時に自国の国歌へも堂々と敬意を払える姿勢を持つこと。それこそが、世界で信頼される「国際人としての自覚」の第一歩になるはずです。
執筆家・英語教育・生涯教育実践者
大学から防衛庁・自衛隊に入隊。10年間のサバイバル訓練から人間の生について考え、平和的な生き方を模索し離職を決断する。時を同じくして米国国費留学候補者に選考され、留学を決意。米国陸軍大学機関留学後、平和を構築するのは、戦いを挑むことではなく、平和を希求することから始まると考えなおす。多くの人との交流から、「学習することによって人は成長し、新たなことにチャレンジする機会を与えられること」を実感する。
「人生に失敗はなく、すべてのことには意味があり導かれていく」を信念として、執筆活動を継続している。防衛省関連紙の英会話連載は、1994年1月から掲載を開始し、タモリのトリビアの泉に取り上げられ話題となる。月刊誌には英会話及び米軍情報を掲載し、今年で35年になる。学びによる成長を信念として、生涯学習を実践し、在隊中に放送大学大学院入学し、「防衛省・自衛隊の援護支援態勢についてー米・英・独・仏・韓国陸軍との比較―」で修士号を取得、優秀論文として認められ、それが縁で定年退官後、大規模大学本部キャリアセンターに再就職する。
修士論文で提案した教育の多様化と個人の尊重との考えから、選抜された学生に対してのキャリア教育、アカデミック・アドバイジングを通じて、キャリアセンターに新機軸の支援態勢を作り上げ、国家公務員総合職・地方上級職、公立学校教員合格率を引き上げ高く評価される。特に学生の個性を尊重した親身のアドバイスには、学部からの要求が高く、就職セミナーの講師、英語指導力を活かした公務員志望者TOEIC セミナーなどの講師を務めるなど、大学職員の域にとどまらぬ行動力と企画力で学生支援と教員と職員の協働に新たな方向性をしめした。
生涯教育の実践者として、2020年3月まで東京大学大学院教育研究科大学経営・政策コース博士課程後期に通学し、最年長学生として就学した。博士論文「米軍大学における高等教育制度について」(仮題)を鋭意執筆中である。
ワインをこよなく愛し、コレクターでもある。無農薬・有機栽培・天日干し玄米を中心に、アワ、ヒエ、キビ、黒米、ハト麦、そばを配合した玄米食を中心にした健康管理により、痛風及び高脂質血症を克服し、さらに米軍式のフィットネストレーニング(米陸軍のフィットネストレーナの有資格者)で筋力と体形を維持している。趣味はクラッシック音楽及びバレエ鑑賞。
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