「ニューヨーク クレオパトラズ・ニードル」と検索すると、セントラル・パークにある見事なオベリスクが出てきます。
これは紀元前1450年頃に、現在のエジプトで建立され、19世紀後半にニューヨークのセントラルパークに移送されて、今では、パワースポットということで人気です。
でも、今回はそちらではなく、マンハッタン、アッパーウエストサイドのブロードウェイ沿い、92丁目と93丁目の間に長年あった、ジャズクラブ「 CLEOPATRA’S NEEDLE /クレオパトラズ・ニードル」のお話をしたいと思います。
「クレオパトラズ・ニードル」はパンデミック直前の2019年末にビルの建て直しのため閉店したのですが、覆して言うと、コロナによる都市封鎖の直前だったので、逆に、他のジャズクラブのように、家賃を払い続けたまま店は営業できず、という状態が1年近くも続いて大きな負債を背負うこと無く済んだので、ラッキーだったのかもしれません。
ここクレオパトラズ・ニードルは、ミュージックチャージを顧客から徴収しないので、いつも大勢の人々で溢れていました。ヨーロッパ人の観光客も多く、またラテン系のお客さまが多いから、オーディエンスが楽しんでる、その反応が手に取るようにわかって、こちらミュージシャン側もとっても楽しかったのを覚えています。
私自身、ニューヨークのマンハッタンで、Arturo’s の次に出演回数の多いお店かも知れません。アメリカで1年のうちで1番盛り上がるNew Year’s Eve(大晦日)の夜の年越しパーティーの仕事も、何度も請け負ったことがあります。入り切れないほどのオーディエンスと、店のおごりで配られるシャンパンでの年越しのtoast (乾杯)を、色とりどりのconfetti (紙吹雪)やバルーン、感動と酔っぱらいの嵐の中、何度も体験しました。アメリカでは、年越しの瞬間、「蛍の光」を全員で大合唱するんです。
トム・ハンクスの映画、「フォレスト・ガンプ/一期一会」を覚えておられるでしょうか。人生はチョコレートのようなもの、食べてみないとその味はわからない、っていう台詞がありましたよね。多分、日本の詰め合わせチョコレートは、丁寧に、どの形のチョコは何味、って説明書が付いているのでしょうけれど、アメリカではそうでないことが多く、食べてみないと、プラリネなのかミントなのか、わからない。人生は、自分で経験してみないとわからない、っていうことを教えてくれた感動の映画でした。
1つのことを一生懸命やり続けるガンプ。人間てすごいな、と思いました。そして、映画の中で年越しの夜、戦場で足を失くしたボスとバーで大盛り上がりしていたのが「蛍の光」です。
そういえば、トム・ハンクスと言えば、メグ・ライアンと共演した「巡り会えたら」、のニューヨークでの年越しのシーンもいまだに目に焼きついています。「蛍の光」とともに、カウントダウンで、スリー、トゥー、ワン、ゼロ!!と言うやいなや、大好きな人とぎゅうっとハグしてキスするシーンです。日本の、シーンとした中で、ゴーンと鳴る遠くのお寺の除夜の鐘を聴きながら煩悩を追い払う、というのとは、ずいぶんと違うかもしれません。
「クレオパトラズ・ニードル」の人気の秘密は、普通にミュージシャンたちの演奏後、深夜過ぎまで別のトリオが入ってのジャムセッション。毎週水曜と日曜はオープンマイクで、ボーカリストたちがこぞって参加者リストに自分の名前を書き、名前を呼ばれると、プロのミュージシャン達と歌うことができるのをとても楽しみにしていました。
さすがニューヨークなので、ボーカリストのレベルはとても高かったです。あちこちの教会で、プロフェッショナルとしてゴスペルを歌っている、ベテランの黒人女性などの常連さんもたくさんいて、彼女たちを聞くだけでも、ものすごく勉強になり、よくハングアウトしたものでした。ハーレムも近いので、良いミュージシャンたちが集っていました。
久しぶりにクレオパトラのウェブサイトを見てみたら、どこか良い物件があれば再営業したいとの事でした。早くパンデミックが終わって、元気なジャズクラブがどんどん出てきてほしいと祈ります。
さて、ニューヨークは、11ヶ月と3週間ぶりに、市内の映画館がオープンしました。収容人員の33%、とまだまだ厳しい状況ですが、やっと映画が映画館で見られるようになりました。2月の半ばから、レストランやカフェは収容人員の50%で屋内営業が始まりました。この1年近くのブランクはとても大きいことですが、それでもNew Yorkは、少しずつ以前の姿へと向かって歩き出しています。
とにかく今、頑張らなくちゃ。多くの店がクローズし、あちこちでテナント募集の張り紙をよく見ます。そして外食をするという感覚がほとんど失せてしまったニューヨーカーと、ニューヨークの街。春の訪れとともに、少しでも早くよみがえってほしい。切なる願いです。
KAYO
平木かよ / Kayo Hiraki
ニューヨーク在住 2017年より、世界屈指の米国グラミー賞の投票権を持つ。同じく米国スタインウェイ・ピアノ公認アーティスト。現在、グリニッジ・ビレッジのジャズの老舗「Arturo’s」のハウス・ピアニストとして、週に5日、自己のトリオで演奏活動を続けて26年目。ニューヨーカーに、スイングの楽しさを届けている。ベースの巨匠、ロン・カーターとのトリオで、ブルーノート・NYへも出演。JALの国際線機内誌でも、海外で活躍する日本人として大きく取り上げられた。また、舞台「ヴィラ・グランデ青山」では山田優がジャズシンガーに扮するシーンでの、ミスティーのピアノ伴奏。カナダ・トロント・リールハート国際映画祭でブロンズメダルを受賞した映画「Birth Day」への挿入曲提供と共に、ピアニスト役で出演。フランス・パリ日本文化会館での館長招聘コンサートや、台湾にて、最大規模を誇る、台中ジャズフェスティバルへの出場など、世界を股にかけるスイング感あふれる彼女のピアノとボーカルには、定評がある。定期的に、くにたち音楽大学ジャズ専修で講義を持つ。