みなさん,日本の最初の学習指導要領は「実践的な英語力を身につける」など,想像以上に高い目標を掲げていたのをご存知でしょうか。
「学習指導要領」とは,学校教育法などに基づいて,日本国内どの学校でも一定基準の教育が受けられるようにと定められた指導ガイドラインのこと。
英語科教育の目標
すっかり受験のための英語学習というイメージとなってしまった日本の英語教育も,実は最初に発表された昭和22年度の学習指導要領(試案)の「第一章 英語科教育の目標」では,次のように記されていたのです。
一.英語で考える習慣を作ること。
英語を学ぶということは,できるだけ多くの英語の単語を暗記することではなくて,われわれの心を,生まれてこのかた英語を話す人々の心と同じように働かせることである。(後略)
二.英語の聴き方と話し方とを学ぶこと。
英語で考える習慣を作るためには,だれでも,まず他人の話すことの聴き方と,自分の言おうをすることの話し方とを学ばなければならない。聴き方と話し方とは英語の第一次の技能(primary skill)である。
三.英語の読み方と書き方とを学ぶこと。
われわれは,聴いたり話したりすることを,読んだり書いたりすることができるようにならなければならない。読み方と書き方とは英語の第二次の技能(secondary skill)である。そして,この技能の上に作文と解釈との技能が築かれるのである。
四.英語を話す国民について知ること,特に,その風俗習慣および日常生活について知ること。
聴いたり話したり読んだり書いたりする英語を通じて,われわれは英語を話す国民のことを自然に知ること(information)になるとともに,国際親善を増すことにもなる。
すごいですよね。
いきなり「英語で考える習慣を作ること。」が英語教育の目標として掲げられており,しかも「われわれの心を,生まれてこのかた英語を話す人々の心と同じように働かせることである。」とは,なんと高い目標なのでしょう!!
しかも,「聞くこと」話すこと」が第一次技能であり,「読むこと」「書くこと」は第二次技能。「第二次技能の上に作文と解釈との技能が築かれる」とあります。
しかし,皮肉なことに段々と受験を目標とした英語へと変わっていき,まさに「読むこと」「書くこと」「英文解釈」など,第一次技能ではない方の学習がすっかりと定着してしまうのです。
しかし,「このままではいけない!」と,ある意味,もう一度原点に還ろうとしているのが,今回の戦後最大とも言われる2020年教育改革なのですね。
「話す」に力を入れている中学教科書改訂
さて,その改革の一環として,今年,令和3年の4月から中学校で使用される英語の検定教科書が大幅に改訂されました。
その内容も,これまでの教科書の内容よりもさらに詳しく,かつ「話す」に力を入れている印象です。これは,現在延期となっている大学入試における4技能試験に対応するためだと思われます。
私は普段,英語の様々な教材のコンテンツなどを作成しています。
そのため,改訂版教科書は「このような内容になるのか」と,早々から手にする機会がありました。
「文字数も内容も,以前とはかなり違うな。」
「これまでのような,『文法中心』『読み書き中心』『訳読中心』のような指導だけでは難しい授業になるかもしれない。」
「これは,慣れない先生にとっては大変だろうな。」
それが第一印象でした。
しかし,4技能5領域をしっかりと意識した作りとなっており,英語での「やり取り」「発表」など,「英語で発話」させる内容が多く,文部科学省が「本気」でグローバルな人材を作ろうとしているのも伝わってきます。
”Really?”
しかし,1つ気づいたことがあるのです。
語彙数も文法事項も増えて,内容も習得する目標スキルも明確になっているのですが,ほぼすべての教科書で,気になる表現があるのです。
それは,対話文の中に出てくる
“Really?”(本当に?)
という表現。
私は,これまで英語の会話の中で,この “Really?”を聞いたことがあまりありません。
全くない,というわけではないと思うのですが,「本当に?」という意味で単独で聞いたことは記憶にほとんどないのです。
よく語尾を上げて, “Oh, really?” ⬆のように言う,と教えられると思います。
でもこの表現,どうしても「失礼なんじゃないかな。」と思ってしまうのです。
例えば,
“I sometimes enjoy baking cakes.”
(私はたまにケーキを焼くことを楽しみます。)
と言った際に相手が,
“Really?”って言ったら…「信じてないのかよ!」って思ってしまいます。
普段,本当にこのような会話をしたとすると,たいていみんな
“I sometimes enjoy baking cakes.”
“Wow, great!”
(わあ,すごいね!)
とか,
“Oh, I didn’t know that you like baking cakes.”
(え,ケーキを焼くことが好きだなんて知らなかったよ。)とか
“That surprises me.”
(それはびっくりだね。)
とか,言うんですよね。
“Really?”なんて,どっちかというと “Seriously?”(マジで言ってんの?)
みたいにとられちゃうと思うのです。
ただ,この “Really”も,単一で使うことはあります。
しかしそれは,語尾を上げずに「最初の “Re”」の部分にアクセントをおいて,です。
でも,それは「ふ~ん,そうなんだ。」「へぇ~」みたいな感じ。
なので,会話としてはあまり楽しくありません。
今回の中学の検定教科書は大きく変わりましたが,この “Really?”だけは,昔から教科書に頻繁に出てきており,本当に日本人発想だなぁ,と思うのです。
とは言え,日本が国として本気で改革をしようとしているのは素晴らしいこと。
高校入試にスピーキングを
これまで中学・高校と「6年間も英語を習って,なんで話せないの?」と言われたことがある…,という人にどれだけ出会ってきたことか。
大学入試の4技能評価はまだ見送られている状態ですが,教科書がこれだけ変わってきたということは,確実に大学入試にも4技能評価は導入される,ということだと思います。
高校入試だってそうです。
東京都では本来,2021年度の東京都立高校入学者選抜テスト(高校入試)でスピーキングを導入すべく準備をすすめてきました。
しかし,この新型コロナウィルスの関係で延期となり,本導入は2022年度以降としています。
それに先駆けて昨年,一部中学校において500名を対象に確認プレテストを実施。
そして今年度は,都立中学3年生(全8万人)を対象に確認プレテストを実施する予定としています。
これらの流れを鑑みると,従来の暗記型のような学習ではなく
「いかに英語を使いこなせるか」という学習になってくるのは間違いないのではないでしょうか。
私も昔から,「スピーキングの大切さ」を話してきました。
「今,頑張って学習している英語は定期テストのためだけではなく,将来も使うんだ,という気持ちで学習しよう。」と。
でも,たいていは
「入試にスピーキングはないから。」
「テストには関係ないから。」
と言う反応。
でも今後,入試やテストで評価されるとなると,スピーキングのスキルも身につけていくしかありません。
韓国の英語教育改革
お隣の国,韓国も20年位前までは,日本と同じような英語後進国でした。
20年くらい前に釜山へ行った時,私は当時流行っていた音楽のCDを買うためにCDショップへ行きました。
20代くらいの店員さんに, “I’m looking for ~~~….”と言った所,
申し訳無さそうに “sorry, no English….”と,たどたどしい英語での返答。
「ああ,そうなのか…。日本と同じ感じなのかな。」そう思ったのですが,
実はその当時,すでに韓国政府は,英語教育改革を始めていたのです。
小学3年生から英語を正式科目として必修化し,使える英語を目標にグローバル化を進めていたのです。(現在では,小学1年からスタート)
今やアジアの中でもトップレベルの英語力を身につけた国へと成長しています。
現在,私は韓国の会社とも英語教材の制作を行っています。
私は韓国語ができませんし,先方も日本語はできません。
なので,その会議やチャット,メールはもちろん英語になります。
中心となる韓国企業のスタッフは,みなさん30代前半くらい。
当時のCDショップの店員さんが受けてこなかった教育を受けた年代。
まさに英語教育改革での教育を受けてきた年代なのです。
これから日本が「本気」で英語教育を変えることができれば,20年後,社会人となる人たちは普通に英語を使えるようになるかもしれません。
そう,この韓国が成し遂げたように。
「英語ができると世界が広がる」
World Lifeが掲げているこのタイトルのように,
仕事やプライベートに関わらず,世界中のさまざまな人と出会ったり,人生の選択肢を広げたりすることができるのは,やっぱり英語という言語ができるかできないか,その部分は大きいのではないでしょうか。
これからの日本の英語教育を受ける子どもたちが,20年後,30年後,どんな英語力をつけて社会に出ていくのか,考えただけでも楽しみです。
そして,私たち大人も負けてはいけません。
英語学習にゴールはありません。
これまでとは違った角度で勉強するなど,あなたも自分の中の「英語教育改革」をしてみませんか?
参考資料/
学習指導要領 英語編(試案)昭和22年(1947年)
英語教材開発・制作者
米国留学から帰国後、幼児・児童英語教師を経て、中学・高校英語、受験英語、時事英語等多岐にわたる指導を行い英語教師経験を積む。また、ホテル勤務での実践英語経験を積んだり、カナダにて現地の子どもたちの英語教育にも携わりながら、CertTEYL(世界での児童英語講師認定コース)の認定を受ける。さらに、青山学院大学でTutoringの研究員としても活動。英語講師養成のeラーニングコースの日本での立ち上げメンバーとなる。「現場での経験を教材に活かしたい!」と、現在は英語教材開発会社にて日々教材開発に勤しむ。高校入試用のリスニングトレーニング教材(塾・学校向け)は累計10万部以上のベストセラーとなる。英語教材開発の傍ら、全国の英語教師への研修なども行う。また、土堂小学校(広島県尾道市)での英語指導や、初の民間校長として一躍時の人となった藤原校長(当時:杉並区立和田中学校)が手掛けた英語コースの指導に2年間携わるなど、英語教育に関する多様な分野で活躍。大の犬好きから、ホリスティックケア・カウンセラーなどペット関連の様々な資格を取得し、ペットライターとしても活動中。