ニューヨークの地下鉄が、この7月から新しい車両に生まれ変わりました。それらはなんと、日本人の宇田川信学(うだがわまさみち)さんのデザインによるもの。
そして、地下鉄車両だけでなく、地下鉄のプリペイド「メトロカード」の自販機や、各地下鉄ホームに設置されている、緊急用のヘルプポイント、また今ではニューヨークの街中、各ストリートに設置されている無料Wi-Fiスポット「リンクニューヨーク」なども全て、この方のデザイン。
宇田川さんは東京出身。1997年ニューヨークへ移り、「アンテナデザイン」という会社を設立。以降、ニューヨークのあちこちで、工業デザイナーとして、いろんなものを作ってこられたそうです。
NY地下鉄トークンからメトロカードへ
生誕100年を越したニューヨークの地下鉄、1999年までの長い間、トークンと言う、穴のあいた5円玉みたいなコイン使われていました。当時トークン一枚$1.50で、地下鉄ゲートに入れて通ると、路線内ならどこまででも、何時間でも乗ることが可能でした。コイン一枚でどんな遠くまでも、1時間ちょっとかかるコニーアイランドでも、ブロンクスでも行けたので、トークンにはなんかロマンがありましたね。
地下鉄用トークンは、11個小さなビニール袋に入って10個分の値段、と言うような、慎ましい10%サービス付きで、それを機械ではなく人が販売していたのを購入していました。
それが1999年にプリペイドのメトロカードに変わった時、当時はまだ危険で汚くて薄暗いイメージだったニューヨークの地下鉄駅に、自動メトロカード販売機で、機械でそのカードを買うシステムになったのです。
日本人は自動販売機に慣れているので、何も不思議はないと思いますが、ニューヨークでは、自販機と言うもの自体が、実はとても少ない。ドリンクの自販機はコカコーラや炭酸水がホテルなどにたまにありますが、見つけると、珍しくて写真を撮ったりするぐらいです。
なぜニューヨークの街角に飲み物の自販機が無いかというと、有れば、壊されてお金を取られるからだそうです。
きっと日本の皆さんには、にわかに信じがたい事だと思いますが、実際にそういう危ない時代(20年前くらい)が、このニューヨークにあった事は確かです。ヴァンダリズムと言って、公共の物や私物を壊したり、落書きする、と言う蛮行です。
自販機があって、買おうと思ってまずお金を入れるけれど、壊れているので商品が出てこない。それで悔しいので人はその自販機を殴る蹴る。そういう悪循環なのだそうです。同じように、街角にあった公衆電話も、ほとんどが落書きされ、壊れていました。
券売機を使ってもらえるように
1999年当時、宇田川氏は、ニューヨークの地下鉄券売機をデザインする際に、いろんな工夫をされました。
まず壊されないように、頑丈に、ペンキで落書きされてもすぐ落とせるように、ひっかき傷で落書きできないように、タバコの火を押し当てられても汚くならないようにと、バンダリズムを熟慮した品質とデザインを考えました。そのために、この券売機の表面には、ホーローびきを使用!
そして、「どの言語を使いますか? 」「カードの種類を選んでください」など、自販機を使ったことがない人たちに、心地よく使ってもらうために、とにかく親切に、質問はわかりやすく1画面で1つ、タッチパネルを用い、そしてお金は最後に支払うように。
数々の、工夫を凝らした、宇田川さんは言います。「デザインの力で、人々の行動を良い方へ持って行きたい。」と。
なるほど。わかりにくくて汚い自販機で、お金を入れても商品が出て来なければ、人々は、叩いたり蹴ったり、壊したくなるかもしれませんね。
地下鉄車両にも防犯
地下鉄車両においては、古くて汚く、暗かった車両から明るい地下鉄となりました。防犯のためのデザインにも工夫を凝らし、ドアのそばのステンレスのバーを、はしごのように何本も増やすことで、地下鉄を降りがけにドア近くの席の人を殴る、アクセサリーをもぎ取る、スマホを奪い取る、などの犯罪が、ぐんと減りました。
ニューヨークの地下鉄は、遅延や、予告無しでのルートの変更など、日本では普通見られないような腹の立つことが日常茶飯事。
それらは、車両のデザインだけでは簡単に改善はできないけれど、乗降用のドアを大きくし、次の駅で開く側のドアがライトアップされることで、人々が降りる用意ができ、そうすると駅での停車時間が数秒でも短縮できるようになり、遅延改善を目指されています。
こうやって、皆の努力で、ニューヨークの地下鉄が、犯罪が減り、明るくなって心地よい空間になっていく。その一端を担っているのが、日本人の力によるものだなんて、とても嬉しいニュースです。
Hope for the best but prepare for the worst.
(最高の状態を望むけれど、最低の場合の用意もしておこう)
宇田川さんは、あらゆる状況に応じて、うまくいく場合だけでなく、ワーストケースも想定してデザインを考えるそうです。
P.S.
地下鉄が生まれ変わって、もうひとつ良いことが、スピーカーが改善されたこと。以前はスピーカーの質が悪く、車内放送で、何を言っているか、ものすごく聞き取り辛かったですが、今はちゃんと聞こえます(笑)
平木かよ / Kayo Hiraki
ニューヨーク在住 2017年より、世界屈指の米国グラミー賞の投票権を持つ。同じく米国スタインウェイ・ピアノ公認アーティスト。現在、グリニッジ・ビレッジのジャズの老舗「Arturo’s」のハウス・ピアニストとして、週に5日、自己のトリオで演奏活動を続けて26年目。ニューヨーカーに、スイングの楽しさを届けている。ベースの巨匠、ロン・カーターとのトリオで、ブルーノート・NYへも出演。JALの国際線機内誌でも、海外で活躍する日本人として大きく取り上げられた。また、舞台「ヴィラ・グランデ青山」では山田優がジャズシンガーに扮するシーンでの、ミスティーのピアノ伴奏。カナダ・トロント・リールハート国際映画祭でブロンズメダルを受賞した映画「Birth Day」への挿入曲提供と共に、ピアニスト役で出演。フランス・パリ日本文化会館での館長招聘コンサートや、台湾にて、最大規模を誇る、台中ジャズフェスティバルへの出場など、世界を股にかけるスイング感あふれる彼女のピアノとボーカルには、定評がある。定期的に、くにたち音楽大学ジャズ専修で講義を持つ。