ニューヨークで郵便局に行くのは、かつてはひと仕事でした。
何がひと仕事なのか。
とにかく、待ち時間が長いのです。窓口は開いていても郵便局員が座っていなかったり、局員が座っていても、Next !(はい次!)って呼ばれるまで窓口には行けないのですが、なかなか呼ばれず、利用者の列はどんどん長くなっていけども、一向に進まないのです。
呼ばれる前に行ったら、I didn’t call you yet !(まだ呼んでないでしょ!)なんて言われちゃいます。
朝イチに行けば空いているかな、と思うけれど、みんな思うことは同じなのか、やはり朝から長蛇の列…。夕方行けば空いているかもと思ってみても、やはり長蛇の列…。
毎度30分以上はざらで、1時間以上待ったりするときもあります。
あるコメディアンが、テレビショーのネタで言っていました。この国アメリカの郵便局の業務は、ドラッグストアのレジ係等もそうなのですが、チップがもらえない職業なので、仕事中は少しでもゆったり物事を進めたほうが、からだが楽なのだと。
なるほど、どうりで、コミュニケーションと称して、チャッティング(私事のおしゃべり)が盛んです。病院の話、ヨガクラスの話、孫の話、昨日行ったレストランの話などなど、ほんと仕事とは関係のないお話、お客さんと、または従業員同士、ダベる話の内容は尽きません。
ニューヨーカーは、ひたすらそんな従業員のお話が終わるのをじっと待っています。なんと我慢強いこと。そしてやっと自分の番がくれば、こちらから笑顔で、窓口の人に
Hi〜!How are you〜?
(ハ〜イ、今日の調子はどう?)
と、順調に仕事をしてもらえるよう、ナイスに微笑みながら話しかけます。
というのも、例えば、送付方法が、料金の安いのと高いのと複数ある場合、こちらがナイスな感じだと、ベターな方を教えてくれる可能性が高いからです(笑)。
そして、この待ち時間、クリスマスのシーズンだったりすると、最悪です。
アメリカ人にとっては、クリスマスプレゼントは各個人に必須のものですから、1人が10個以上のプレゼントのボックスを郵便局に持ち込んでいるなんてザラ。なので、更に延々と、長蛇の列が続きます。クリスマスシーズンだと、出すまでに半日かかったなんて話も聞きます。
セルフサービスのマシーン登場
そんな状況の中、画期的なセルフサービスのマシーンが登場!
切手販売だけでなく、それぞれの封筒の重さを測って、パッケージに必要な切手を印刷してくれるんです!送付方法もいくつかちゃんとセレクトできるし、郵便物に保険をかけることもできる。
これはやった!と思いました。なぜなら、機械が苦手なアメリカ人が多いので、きっと、このマシンはいつも空いているに違いない!と(笑)
というわけで、本日は友人宛に、ちょっと大きめの封筒で、コンピューター関係のディスクを送ります。もちろんこのマシンでレッツゴー。長蛇の列を尻目に、私はさっさとこのマシンで郵送手続きを行います☆
まず、パッケージの形態を選びます。今回は画面の1番右、大きめの封筒。
次は、荷物を左のはかりの上に置きます。マシン左にある銀色の小さな棚のようなところが、はかりになっています。今回は3オンス。約90グラムでした。
配送方法が3段階あり、郵便のクラスが選べます。
少しでも早く着いてほしいと思えば、プライオリティー・エクスプレス・メール。翌日の午後6時前に到着で、26.95ドル(約3000円)。
今回は急がないので、1番安いファーストクラスメール。でも到着日は1日しか違いません(笑)。料金は1.56ドル(200円弱)。
そして、今度はこれに保険をかけます。アメリカでは郵便物が紛失することが結構頻繁にあるので、なくなって困るものには、普通保険をかけます。
これも画面でセレクトできて、2.45ドル(300円弱)。自分で補償して欲しい金額を書き込みます。後ほど、切手と一緒にステッカーで、保険証も出てきます。
全ての選択が完了すると、このマシンが料金1.56ドル分の切手をステッカーに印刷してくれるのですが、最後に「大きい荷物用に、よく見える、大きな切手ステッカーを貼りたいか?」と聞いてきます。
私の郵便物は小さいので、Noと答え、そうすると小さな切手のステッカーが印刷されます。
さて、ここまでくればしめたもの。いつもの切手の場所に、このステッカーを貼って投函です。支払いはクレジットカードでの支払いが可能で、今回はしめて4.01ドル(約440円)。多分長蛇の列に並んでいれば、軽く30分はかかったであろうことが、約2分でできました☆
忘れられない郵便局員のセリフ
以前、このセルフマシーンが入ってすぐ、私は使い方を早速に学びたいと思い、郵便局員さんに、この機械の使い方をちょっと教えてくれ、と頼んだことがあったのですが、
その時の郵便局員のセリフが、忘れられません。
「何言ってんの。こういうセルフサービスの新型マシーンが、俺たちの仕事を横取りするんだぜ。みんながこんなものを使い始めたら、俺たちは、仕事がなくなっちまう。そんなマシーンの使い方なんか、教えるかよ!」
・・・
ジョークのようなセリフですが、本当に郵便局員の口から発せられたのです。私は口をあんぐり開けたまま、しばらくぼーっとしていました(大笑)。
不思議の国アメリカ
ニューヨークの地下鉄でも、ベンダーマシーン(自動券売機)が入ったのは最近のことで、マシンの導入に関しては、アメリカはずいぶんと他の国に遅れていたと思います。なぜなら、地下鉄は組合側との調整があったのだと思われますが、郵便局でのマシン導入も同じようなことなのだと思います。
長蛇の列を作ることが、彼ら郵便局員の職業を持続するためにきっと必要なのです。不思議の国、アメリカの一片です。
コンピューターや、様々なマシンを使った便利な生活の裏では、一方で仕事を失う人が出てきます。そんな人々が失業しないように、そうさせないために、強い労働組合があるアメリカ。だからここは、いまだに人間中心の生活が送れる場所でもあります。色々と、社会は思ったより複雑ですよね。
カラオケが日本でとても流行り出した時、郵便局や地下鉄とほとんど同じ理由で、我々プロのミュージシャンは、とても複雑でした。不景気も重なり、生ピアノを入れていたホテルのラウンジなどが一斉に自動演奏に切り替えたり、生バンドを入れていたお店もカラオケマシンに取り替えたりして、だんだんとプロのミュージシャンの出番は少なくなっていったのです。
でもまだアメリカの人々は、実際に人間が演奏する音楽が大好きです。カラオケマシンやコンピュータミュージックに乗っ取られて行かないよう、人間が演奏する、人間のための音楽を大切にできる場所であるように、われわれミュージシャンは祈っています。
ではまた来週
Kayo
平木かよ / Kayo Hiraki
ニューヨーク在住 2017年より、世界屈指の米国グラミー賞の投票権を持つ。同じく米国スタインウェイ・ピアノ公認アーティスト。現在、グリニッジ・ビレッジのジャズの老舗「Arturo’s」のハウス・ピアニストとして、週に5日、自己のトリオで演奏活動を続けて26年目。ニューヨーカーに、スイングの楽しさを届けている。ベースの巨匠、ロン・カーターとのトリオで、ブルーノート・NYへも出演。JALの国際線機内誌でも、海外で活躍する日本人として大きく取り上げられた。また、舞台「ヴィラ・グランデ青山」では山田優がジャズシンガーに扮するシーンでの、ミスティーのピアノ伴奏。カナダ・トロント・リールハート国際映画祭でブロンズメダルを受賞した映画「Birth Day」への挿入曲提供と共に、ピアニスト役で出演。フランス・パリ日本文化会館での館長招聘コンサートや、台湾にて、最大規模を誇る、台中ジャズフェスティバルへの出場など、世界を股にかけるスイング感あふれる彼女のピアノとボーカルには、定評がある。定期的に、くにたち音楽大学ジャズ専修で講義を持つ。