こんにちは
NYのKayoです。
日本にいた頃は、「衣替え」が一大イベントでした。学校では6月1日になると冬服から一斉に夏服に変わり、校門の前で先生が「今日はまだ移行期間だから、どっちを着てもいい」とか言いながら、「6月1日=衣替え!」と刷り込まれていたものです。
家庭でも同じ。押し入れの中には大きな衣装ケースがあり、春になると母が「そろそろ出さないとね、」と冬物を洗濯して仕舞い、半袖のTシャツやタオルケットが日の目を見る。
子ども心に「衣替え=季節の到来」でした。
ところがニューヨークに来てみると、そんな習慣は影も形もありません。
というか、やろうにもできないんです。まず押し入れがない。ニューヨークのアパートにあるのは、クローゼットと呼ばれる細長い収納スペースがちょこっと。
そこにコートもドレスも掃除機も突っ込むので、とても「冬物を仕舞って夏物を出す」なんて悠長なことはできません。
冬用コートはラックにかけっぱなし。セーターも端っこに押しやられてはいますが、いつでも手が届く位置にあります。
それもそのはず、ニューヨークの春と秋はほぼ存在しないに等しい。
冬からいきなり夏になり、夏が終わったと思ったらすぐ冬。たまに、今日は気持ちのいい秋晴れだ、なんて日が2日くらい続くと、今年はラッキー!と思うほどです。
だから「春服」「秋服」というカテゴリー自体が曖昧。
可愛らしいスカイブルーのトレンチコートを買ったのに、出番は年に2回あるかないか。ライトな革のジャケットも同。この長いニューヨーク生活で学んだのは、
「四季の服をきっちり揃えるのは無駄」ということです。(笑)
では布団はどうでしょうか。
日本では夏になるとタオルケットが登場し、冬は羽毛布団をどーんと広げますよね。こちらでは事情が全く違います。
ニューヨークのアパートメント・ビルディングはセントラル・ヒーティングが導入されていて、冬はむしろ暑すぎるほど。
最新の高級ビルでもない限り、入居者がユニットごとに温度を調整できないので、真冬でもTシャツ一枚で過ごすことが可能です。
私の友人などは「寝るときは毛布一枚、それで十分」と言い張ります。確かに、暖房がゴンゴン入る部屋で羽毛布団にくるまったら、汗だくで夜中に目が覚めてしまう羽目になります。
つまり、冬用の布団という概念がそもそも要らないのです。
逆に夏。クーラーを切って寝るにも、やっぱり役立つのが薄手のブランケット。
日本でいうタオルケットに近い存在です。でも「夏掛けを出すぞ!」という号令がかかるわけではなく、気がついたらベッドの端から引っ張り出してきて、そのまま秋まで使い続けます。
こう考えると、日本の「衣替え」は、四季がくっきり分かれているからこその文化なんだ、と気づきます。
桜が咲いたら春服、紅葉が深まったら冬支度。自然のリズムと生活のリズムがぴったり合っている。
でもニューヨークでは、気候もアパートの構造もそれを許さない。衣替えをするより、「あらゆる季節に対応できる服を手の届く範囲に並べておく」方が合理的なのです。(笑)
もっとも、それに慣れてしまうと、なんと言っても、楽ちん。
去年のセーターも今年の夏服も、全部が同じクローゼットに詰め込まれている。服を出したり仕舞ったりする必要がない分、私は衣替えという面倒から解放されました。
思えば、日本にいた頃は「もう半袖はしまっちゃったのに、今日は暑い!」なんて日もありましたが、今は逆。どの季節の服もすぐ取り出せるから、天候の急変にも柔軟に対応できます。(大笑)というか、それが必要な土地柄なのかもしれません。
ただ、時々ノスタルジーに駆られることもあります。母が押し入れからタオルケットを出して「もう夏なのねぇ」、と言っていたあの感じ。
衣替えは、単に衣服を入れ替える作業ではなく、季節の移ろいを実感する行事だったのだな、と。ニューヨークで暮らしていると、便利さの裏にそうした文化の豊かさを見失いがちなのかも。
それでもやっぱり、冬にセントラルヒーティングの効いた部屋でアイスクリームを食べ、Tシャツ姿で毛布一枚にくるまって寝る。
そんな自由気ままな暮らしにも、私はすっかり馴染んでしまいました。日本式の「衣替え」文化とニューヨーク式の「衣替えしない」文化。どちらもその土地の気候と建物事情が生み出した、生活の知恵なんですよねぇ。
それではまた来週♫
Kayo
平木かよ / Kayo Hiraki
ニューヨーク在住 2017年より、世界屈指の米国グラミー賞の投票権を持つ。同じく米国スタインウェイ・ピアノ公認アーティスト。現在、グリニッジ・ビレッジのジャズの老舗「Arturo’s」のハウス・ピアニストとして、週に5日、自己のトリオで演奏活動を続けて26年目。ニューヨーカーに、スイングの楽しさを届けている。ベースの巨匠、ロン・カーターとのトリオで、ブルーノート・NYへも出演。JALの国際線機内誌でも、海外で活躍する日本人として大きく取り上げられた。また、舞台「ヴィラ・グランデ青山」では山田優がジャズシンガーに扮するシーンでの、ミスティーのピアノ伴奏。カナダ・トロント・リールハート国際映画祭でブロンズメダルを受賞した映画「Birth Day」への挿入曲提供と共に、ピアニスト役で出演。フランス・パリ日本文化会館での館長招聘コンサートや、台湾にて、最大規模を誇る、台中ジャズフェスティバルへの出場など、世界を股にかけるスイング感あふれる彼女のピアノとボーカルには、定評がある。定期的に、くにたち音楽大学ジャズ専修で講義を持つ。