こんにちは
NYのKayoです。
今回は、前回の「Kawaii / かわいい」のお話のつづきで、日本語のお話です。
なので、英語のお話ではないのですがあしからず。
アメリカでも有名になりつつある、日本の人気ワード「かわいい」について。今日は日本語の歴史をひもといてみました。
なんとこの言葉の語源は、約1000年前、平安時代まで遡るのだそうです。そして、意味が今とは違う。とっても興味深かったので、ぜひ皆さまにも、お伝えしたいと思います。
気の毒、という出発点
「かわいい」という言葉の原点は、平安時代の「かわゆし(かわいし)」にあるのですって。けれどその姿は、いま私たちが使う軽やかな「かわいい」とは、ずいぶん趣が違っていたのだそうで。
当時の意味は、「気の毒で見ていられない」「いたわしくて胸が痛む」というもの。弱い立場の人や、はかない存在に向けられた、しんと静かな感情だったんです。思わず目を伏せたくなるような、そんなやわらかな同情が、この言葉のはじまりだったとは。
いたわしさの中のぬくもり
けれど、「気の毒」という気持ちは、ただ冷たい憐れみではありません。胸がきゅうっとするその瞬間、人は同時に「守ってあげたい」と願います。
放っておけない、そっと手を差し伸べたくなる、、、その衝動こそが、言葉の意味を少しずつ変えていきました。
「かわゆし」は、単なる不憫さから、やがて「守りたくなる存在」を指す言葉へ、と育っていきます。ここで、少しずつ、同情はぬくもりを帯びはじめるのです。
愛おしさへの変化
時代が下るにつれ、そのぬくもりはさらに形を変えます。
「いたわしい」から「愛おしい」へ。弱さゆえの同情ではなく、小ささや無垢さそのものが魅力として、感じられるようになりました。
室町から江戸へと時代が進むなかで、「かわいい」はしだいに「愛らしい」「心ひかれる」という意味をまとうようになります。
気の毒という影は薄れ、代わりにやわらかな光が差し込んできた感じです。
おおっ、今の感じに近づいてきた。
千年越しのやさしさ
そして現代。
私たちは赤ちゃんにも、子犬にも、ファッションやステーショナリー、キッチンツールにまで、あらゆるものに「かわいい」と言います。
その言葉はずいぶん軽やかで、時に万能です。
でも、その奥底には、遠い平安のころから続く「放っておけない」というやさしさが、かすかに流れているのかもしれませんね。
「気の毒」から始まり「守りたい」を経て、「愛おしい」へ、、、
日本語って、ほんとうに人の心の変化をそのまま映す、鏡なんですね。
「いたわしい」から始まった言葉が愛情の象徴になるなんて、日本語ってなんてロマンチックなのでしょう。
言葉は生き物だとよく言いますが、「かわいい」はまさにその代表なんですね。胸がきゅうっとする気持ちが、千年かけてほほえみに変わった、、、そう思うと、ちょっと感動してしまいます。
と、今回は日本語のお話でしたが、次回は、この「Kawaii / かわいい」つながりで、「Cute, pretty」についてお話したいと思います。
それではまた次回♫
Kayo
平木かよ / Kayo Hiraki
ニューヨーク在住 2017年より、世界屈指の米国グラミー賞の投票権を持つ。同じく米国スタインウェイ・ピアノ公認アーティスト。現在、グリニッジ・ビレッジのジャズの老舗「Arturo’s」のハウス・ピアニストとして、週に5日、自己のトリオで演奏活動を続けて26年目。ニューヨーカーに、スイングの楽しさを届けている。ベースの巨匠、ロン・カーターとのトリオで、ブルーノート・NYへも出演。JALの国際線機内誌でも、海外で活躍する日本人として大きく取り上げられた。また、舞台「ヴィラ・グランデ青山」では山田優がジャズシンガーに扮するシーンでの、ミスティーのピアノ伴奏。カナダ・トロント・リールハート国際映画祭でブロンズメダルを受賞した映画「Birth Day」への挿入曲提供と共に、ピアニスト役で出演。フランス・パリ日本文化会館での館長招聘コンサートや、台湾にて、最大規模を誇る、台中ジャズフェスティバルへの出場など、世界を股にかけるスイング感あふれる彼女のピアノとボーカルには、定評がある。定期的に、くにたち音楽大学ジャズ専修で講義を持つ。

