みなさんこんにちは
NYのKayoです。
ニューヨークの夏は、今年も連日40度近くの熱波にもかかわらず、エネルギーいっぱい。
先週、7月4日はアメリカの独立記念日でした。街中がお祝いムードに包まれる特別な日です。おまけに今年は、アメリカ合衆国建国250周年記念。
私もおうちでテレビの特別番組をゆっくり眺めていると、きらびやかな花火の手前で、アメリカンスピリットを掻き立てる「カントリー・ミュージック」のイベントが、華やかに生中継されていました。
カントリー・ミュージックといえば、カウボーイハットをかぶった白人のミュージシャンたちがギターをかき鳴らす、「古き良きアメリカの伝統音楽」というイメージが強いですよね。
でも実は、あの素朴でどこか懐かしいメロディの裏側には、とても奥深い歴史が隠されているのをご存じでしょうか。
自由を求め、陽気なフィドルが海を渡ってきた
そもそも独立記念日とは、18世紀にイギリスの厳しい統治下で重い税金に苦しめられていた13の植民地が、「自分たちの自由は自分たちで決める!」と立ち上がった日。
イギリスの邪魔をしたいフランスなどの助けも借りて激しい戦争に勝ち抜き、勝ち取った自由の象徴が今日なのです。
そんなアメリカの自由と多様性を象徴するかのような音が、カントリーの主役(?)である「フィドル(バイオリン)」。これはアイルランド系の貧しい移民たちが、高価な楽器を買えずに木を削って手作りし、楽譜なしの「耳コピ」で、歌い踊るためのダンス音楽としてジャカジャカと崩して弾き始めたのが原点。
そこに、西アフリカから連れてこられた黒人の「バンジョー」のシンコペーションなどのリズムがうまい具合に重なり合い、あの突き抜けるように陽気なカントリーの土台が生まれたのですって。
カントリーの神様たちを育てた、黒い肌のストリートミュージシャン
歴史の教科書では「白人の音楽」と書かれがちなカントリー・ミュージックですが、その黄金期を築いた伝説のスターたちも、みんな黒人音楽の魂に魅了されていました。
「カントリーの父」と呼ばれるジミー・ロジャーズは、鉄道で働く黒人労働者からブルースの歌い方を教わり、不世出の天才ハンク・ウィリアムズは、幼い頃に街角の黒人ストリート・ミュージシャンから、ギターの弾き方のすべてを習ったといいます。
後にレコード会社が商業的な理由から、白人の音楽を「ヒルビリー(のちのカントリー)」、そして、黒人の音楽を「レース・レコード(黒人による、黒人のための音楽)」、と見事に差別化し引き離して売り出してしまったため、いつの間にかカントリーは白人のもの、というイメージだけが一人歩きしてしまいました。
誰もが自分らしくありたい。今夜のニューヨークから愛を込めて
最近では、世界の歌姫ビヨンセが本格的なカントリーのアルバムを発表して全米1位を獲得したり、テレビの特番でも黒人アーティストのシャブージーが素晴らしいステージで観客を熱狂させていたりと、音楽の神様が元の場所へ歴史を巻き戻しているような、ワクワク感を感じます。
境界線なんて最初からなくて、いろんな文化がうまい具合に混ざり合って生まれたからこそ、カントリーミュージックはこんなにも私たちの心に、自然と馴染むのかもしれません。
テレビから流れるゴキゲンなリズムに身体を揺らしながら、そんな懐かしい音楽の旅路に想いを馳せる、独立記念日の夜でした。
それではまた次回♫
Kayo
平木かよ / Kayo Hiraki
ニューヨーク在住 2017年より、世界屈指の米国グラミー賞の投票権を持つ。同じく米国スタインウェイ・ピアノ公認アーティスト。現在、グリニッジ・ビレッジのジャズの老舗「Arturo’s」のハウス・ピアニストとして、週に5日、自己のトリオで演奏活動を続けて26年目。ニューヨーカーに、スイングの楽しさを届けている。ベースの巨匠、ロン・カーターとのトリオで、ブルーノート・NYへも出演。JALの国際線機内誌でも、海外で活躍する日本人として大きく取り上げられた。また、舞台「ヴィラ・グランデ青山」では山田優がジャズシンガーに扮するシーンでの、ミスティーのピアノ伴奏。カナダ・トロント・リールハート国際映画祭でブロンズメダルを受賞した映画「Birth Day」への挿入曲提供と共に、ピアニスト役で出演。フランス・パリ日本文化会館での館長招聘コンサートや、台湾にて、最大規模を誇る、台中ジャズフェスティバルへの出場など、世界を股にかけるスイング感あふれる彼女のピアノとボーカルには、定評がある。定期的に、くにたち音楽大学ジャズ専修で講義を持つ。

